第二話「証言台は回転寿司」
「異議あり!」って叫んだら裁判長まで「異議あり!」って復唱した。
……うん、確信した。
ここ、法廷じゃない。”バグの見本市”だ。
私は深呼吸して、声のトーンを落とした。こういう時は“お嬢様らしく”冷静に――いや無理。ツッコミが追いつかない。
「裁判長、確認ですが……今、私の発言を“そのまま”繰り返しましたよね?」
裁判長は動じない。まるで何も起きていないみたいに、威厳の顔のまま言う。
「……そのまま繰り返しましたよね?」
「やめろ! いやこれ、やめろって言ったら『やめろ』って返してくるやつだこれ!」
傍聴席が「ざわ……」と一定音量で鳴る。
いやその“ざわ”も、もうBGM扱いだ。バグBGM。
ユリウス殿下が、机に肘をついて頭を抱えた。
「レオナ、これは……」
「殿下、言わないでください。“これは”です。見ての通り“これは”です」
私が言うと、殿下はなぜか一瞬だけ、目が据わったように見え――次の瞬間、口元がにやりとした。
「……ふふ」
「笑うな! 笑うな殿下! あなた王太子! この国の未来!」
殿下は咳払いで取り繕ったが、その咳が妙に機械的で「コホン」の音が二回まったく同じだった。
……ダメだ、感染してる。法廷全体が同じ波形。
裁判長が、例の銀盆を指さした。
「提出した証拠により、有罪は確定――」
その瞬間、ケーキがまた勝手に一口分、スッと消えた。
私は指をさして叫ぶ。
「証拠品が! 自動で! 減ってます! 証拠品が食べ逃げしてます!」
裁判長は言う。
「証拠品が食べ逃げしてます!」
「真似すな!」
ユーフェミアが被害者席からそっと手を挙げた。授業中の優等生みたいに。
「……あの、レオナ様」
「はい、ユーフェミア」
「……そのケーキ、わたくし……さっきから……食べたいなって……」
「今それどころじゃないのよ! 食欲がバグに負けるな!」
でもユーフェミアは悪びれない。むしろ真面目な顔で言う。
「お茶会のケーキは、食べるためにあると思います」
「その通りですけど今言うことじゃない!」
私は机を叩いた。木槌じゃなくて自分の机を。
「裁判長、まず“証拠品の管理”が成立していません。証拠品が勝手に減る時点で、これを根拠に判決を下すのは――」
裁判長は言う。
「証拠品の管理が成立していません」
「……うん。分かってるなら直して!」
どうしよう。裁判長は私の言葉を“受け取って”はいる。でも、“処理”できてない。
なら、別方向。
このバグ法廷で勝つには、正しさじゃなくて――”進行を止める”か、”分岐をねじ曲げる”か。
私は立ち上がり、なるべく上品に手を広げた。
上品に、上品に……怒りで震える腕を上品に。
「提案します。まず本裁判の前提として、証言の信頼性を確認する必要があります」
裁判長が頷く。
「証言の信頼性を確認する必要があります」
「そう! そこは同意する! よし!」
私はすかさず続ける。
「よって、証人に対し“最後まで文章を言い切れるか”の確認を求めます。ユーフェミア殿、先ほどの証言を――続きを」
ユーフェミアは笑顔のまま証言台に立ったが、急に涙ぐんで例の台詞を言う。
「レオナ様は……わたくしの目の前でケーキを……」
私は即座に口を挟む。
「はい、続き!」
ユーフェミアは涙目のまま――
「レオナ様は……わたくしの目の前でケーキを……」
「違う違う違う、そこじゃない! “次”!」
「レオナ様は……わたくしの目の前でケーキを……」
「レコード針が折れてるのよ!」
私はユリウス殿下を見た。殿下は理解した顔で頷く。
「裁判長。証人は証言を完結できていない。これは証言として成立しない」
裁判長が言う。
「証言として成立しない」
「よし! その判定だけは正しい!」
私はすぐに畳みかけた。
「つまり、現時点で“被告に不利な証言”は存在しません。あるのは『ケーキを……』という未完成の呟きだけ。未完成の呟きで人は裁けません!」
傍聴席が「ざわ……」と鳴る。今日はやけに“ざわ”がノリノリだ。一定だけど。
裁判長は、少しだけ眉を寄せた。
……お? 処理した? 処理したの?
「では、別の証人を」
来た。
来ると思った。
バグってても進行だけは止めないんだ、この世界。
扉が開き、次の証人が入ってくる。
――騎士団長カイン。
よし、まとも枠だ。
彼は堅物で、嘘がつけないタイプ。証言が整うはず。
カインは証言台に立ち、厳格な顔で言った。
「被告レオナは、学園の廊下で――」
カインの姿が、ふっと一瞬だけ“少年”になった。
「……あっ」
「ちょっと、今の見た!? ねぇ見たでしょ!?」
カインは咳払いして戻った。
いや戻ったけど、戻り方が“カクッ”ってした。画面遷移か?
カインは何事もなかったように続ける。
「被告レオナは、学園の廊下で――」
……そして、次の言葉。
「走り幅跳びをしました」
私は一秒固まった。
(まずい、あの場面を見られていたのか)
「……それ、“走り幅跳び”って言い切るの?」
「はい」
「廊下で?」
「はい」
「競技名で?」
「はい」
裁判長が頷く。
「なるほど。廊下で走り幅跳びは……悪質」
「悪質って判断基準どこ!?」
私は額に手を当てながらも、内心では計算していた。
(目撃されていたようだけど、今の証言、突けば勝てる)
なぜなら――
カインが言った“廊下で走り幅跳び”は確かにやった。やってしまった。
でも理由がある……理由がバカすぎるだけで。
私は背筋を伸ばして、堂々と言った。
「異議あり。確かに私は廊下で走り幅跳びをしました」
法廷が「ざわ……」と鳴る。
ユリウス殿下が目を見開いた。
「レオナ!? 認めるのか!?」
「殿下、ここは“認めた方が勝てる場”です」
私は続けた。
「しかしそれは“犯罪”ではありません。なぜなら――その廊下は、当日、床が濡れていた」
カインが頷く。
「確かに濡れていた」
私は指を立てる。
「濡れた床で歩けば滑る。滑れば転ぶ。転べば怪我。怪我すれば授業欠席。欠席すれば成績低下。成績低下すれば断罪――」
裁判長が言う。
「断罪」
「そう! だから私は――滑らないために、”床に触れる時間を減らした”!」
ユリウス殿下が、ぽかんとした顔をしている。
「……つまり?」
「つまり、歩くより跳んだ方が、床に接する時間が短い。私は安全のために跳んだんです!」
カインが真顔で補足した。
「……見事な理屈です」
「褒めないで! 恥ずかしいから!」
私はさらに畳みかける。
「加えて、その時私は言いました。“危ないから気をつけて”。周囲に注意喚起もしています。つまりこれは――」
裁判長が、私の言葉を待っている。
よし、ここ、押せる。
「”善行です”」
一瞬、法廷が静まった。
“ざわ”が鳴らなかった。初めて。
そして次の瞬間。
「ざわ……」
「ざわ……」
「ざわ……」
三連発。しかもテンポが早い。
それ、笑いどころだって分かってる“ざわ”だ!
裁判長が口を開く。
「……善行」
……お?
処理、重い?
ロードが遅い?
私はここぞとばかりに追加する。
「そもそも、この裁判はおかしい。罪状が『ケーキの過剰摂取』『視線が生意気』『廊下で走り幅跳び』――」
私は指を折った。
「一つ目、貴族の茶会は食べる場。二つ目、視線は自由。三つ目、危険回避。よって――」
私は深呼吸し、きっぱり言った。
「本件は“断罪”ではなく、“いちゃもん”です」
ユーフェミアが小さく頷く。
「いちゃもんです……!」
「ヒロイン、合いの手入れないで! 助かるけど!」
裁判長が、こほんと咳払いをした。
「……記録官」
隅にいた記録官が立ち上がった。
……立ち上がったはずなのに、なぜか椅子が置き去りで、彼だけスッと前に滑った。床移動がバグっている。
記録官は無表情で言う。
「記録:いちゃもん」
「記録すな! 正式文書に残すな!」
でも、私は見逃さなかった。
今の記録官、私の言葉を“正しく”処理して書いた。
つまり――この裁判、完全に壊れてるわけじゃない。部分的に“通る道”がある。
(よし。次はその道を広げる)
裁判長が木槌を叩いた。
コン、コン。
同じ音。
でも、さっきより“間”があった。
処理落ちしてる。迷ってる。
「……本日は、ここまでとする」
「えっ」
私は思わず声を漏らした。
裁判長が宣言する。
「証言が不安定であり、証拠品も……減る。よって審理を延期。後日、改めて――」
私は机を叩いて立ち上がった。
「延期!? それはそれで助かりますけど! この国の法廷、証言が不安定だと延期になるんですか!? まず法廷を安定させて!」
ユリウス殿下が、疲れた顔で頷いた。
「……正論だ」
ユーフェミアはなぜか明るい顔で言った。
「レオナ様! がんばりましたね!」
「うん、ありがとう……ありがとうなんだけど、あなた被害者側の顔しなさいよ!」
こうして――断罪裁判は、まさかの“様子見”で中断。
私は無罪になったわけではない。
でも、確実に一つ手応えがあった。
この裁判は、バグっている。
そして、バグには“抜け道”がある。
法廷を出る直前、私はちらりと銀盆を見た。
ケーキは、いつの間にか半分以上消えていた。
……誰が食べたの?
いや、犯人分かる。分かるんだけど。
ユーフェミアが、口元にクリームを付けたまま、にこっと笑った。
「おいしかったです!」
「やっぱりお前かぁぁぁ!」
傍聴席が、最後に一回だけ――
今までで一番“いい感じ”のテンションで鳴った。
「ざわぁ~……」




