第一話「エラー音符の序章」
断罪ルートに入る時って、だいたいもっとドラマチックじゃないですか?
たとえば――
「悪役令嬢! これまでの罪を認めなさい!」
「くっ……!」
みたいな。BGMが鳴って、光が差して、観客が「ざわ……」ってして。
なのに、今の私の状況はこうだ。
王宮大法廷。
天井が高い。柱が太い。空気が重い。
そして――なんか、変だ。
”ざわざわ”しているはずの傍聴席から聞こえるのが、なぜか一定間隔で同じ声。
「ざわ……」
「ざわ……」
「ざわ……」
いや、ザワめけよ! 感情を込めろ! 音声データか!
私は、悪役令嬢レオナ・ド・ベルネッテ。転生者。前世でこの乙女ゲームを嗜んでいたこともあり、破滅フラグ回避は、やれるだけやった。
ヒロインに嫌がらせ? しない。
攻略対象に横恋慕? しない。
むしろ譲る。譲った。譲り倒した。
なのに。
「――それでは、これよりレオナ・ド・ベルネッテの断罪裁判を開始する」
裁判長が木槌を叩く。
コン、コン。
……木槌の音、今の二回、同じ音じゃなかった? まったく同じ波形の”コン”。
いや、気のせい。そういうこともある。木は木だし。
私は深呼吸した。
大丈夫。何か手はある。冷静に。
正面の席には王太子ユリウス殿下。相変わらず彫刻みたいに整った顔で――そのくせ今、ちょっとだけ困っているように見える。
隣には、物語のヒロイン、ユーフェミア・ライト。
白いドレス、純真な瞳、そして……目が合った瞬間、なぜか「がんばって!」みたいな顔で小さく拳を握った。
いや、あなた、被害者側では!?
なんで応援してるの!?
そして裁判長が言う。
「被告、レオナ。罪状は――」
罪状は――
「”お茶会におけるケーキの過剰摂取”」
なんて?
「待ってください」
私は反射で手を挙げた。
「今、罪状に”過剰摂取”って言いました?」
裁判長は威厳たっぷりに頷いた。
「そうだ。貴族の嗜みを踏みにじり、ケーキを必要以上に食べた罪は重い」
いや、重いのはケーキじゃなくて話のほうだよ!
ユーフェミアが、被害者席から一歩前に出て、証言台に立った。
「レオナ様は……わたくしの目の前でケーキを……」
きた。これだ。ユーザーからの例で言うなら、ここだ。
私は机を軽く叩いてツッコミを入れる。
「いや、お茶会なんだから食べてもいいでしょう!? あなたも『美味しい美味しい』って食べてたじゃない!」
ユーフェミアは、ぱちぱちと瞬きをしてから続けた。
「レオナ様は……わたくしの目の前でケーキを……」
「同じところに戻るな!!」
法廷が「ざわ……」と――相変わらず一定音量でざわめいた。
私は冷や汗が背中を伝うのを感じる。
今の、明らかにループした。
ユーフェミア本人は怯えていない。むしろ、台詞を読み上げているというより……台詞に読まされているみたいだった。
裁判長が言う。
「被告、静粛に。続けなさい、ユーフェミア」
「レオナ様は……わたくしの目の前でケーキを……」
「続かないんですけど!?」
私は思わず立ち上がった。
「裁判長、これ証言じゃなくて、壊れたオルゴールです! 『ケーキを……』の次が永遠に来ません!」
裁判長は微動だにしない。
「……なるほど。では、次の証人を呼ぶ」
”なるほど”で流すな! そこは修正しろ!
次に呼ばれたのは、侯爵令嬢アデル。
私の“元”取り巻きということにされがちな、便利な脇役ポジションの子だ。
彼女が証言台に立つと、急に顔色が変わり――いや、顔色どころじゃない。
一瞬、彼女の姿が……騎士団長に見えた。
……え?
今、立ち絵が、騎士団長に差し替わらなかった?
私は目をこすりそうになり、必死で堪える。
幻覚? 疲れ?
でも法廷の空気は変わらない。誰も突っ込まない。
アデル(のはず)が、騎士団長っぽい低い声で言う。
「被告レオナは、学園の廊下で――」
次の瞬間、声が急に高くなって、アデルの声に戻った。
「……えっと、廊下で……えっと……廊下で……」
「廊下で何!? 廊下で“えっと”をしたの!?」
アデルは困った顔で、突然、胸を張った。
「レオナ様は廊下で――”廊下を歩きました”!」
「それ罪なの!?」
裁判長が頷く。
「なるほど。廊下を歩くのは疑わしい」
疑わしいのは裁判のロジックだよ!
ユリウス殿下が、珍しく咳払いをした。
彼もさすがに気づいているのかもしれない。この法廷が変だと。
「……裁判長。廊下を歩くことは一般的行動です。罪状として成立しません」
おお、まとも!
攻略対象、まとも!
私は内心で拍手しながら殿下を見た、その瞬間――
殿下の姿が、一瞬だけ……メイドのベルナになった。
「は?」
私は声が漏れた。
殿下はいつも通りの声で続ける。
「よって、今の証言は――」
元には戻った。
でも、今、確かに。
私は、心臓が一拍遅れてドクンと鳴るのを感じた。
これは疲れでも幻覚でもない。だって私は前世で、こういうのを見たことがある。
ゲームのイベントが、読み込みに失敗した時の“あの感じ”。
誰かが、言葉を繰り返す。
誰かのグラフィックが、別の人に差し替わる。
話が通じないのに、進行だけは止まらない。
……断罪裁判が、バグってる。
私は口元に手を当てた。笑いそうになるのを堪えるためだ。
笑ったら負けだし、まずい。悪役令嬢が法廷で噴き出すのは印象が悪い。
でも――
(これ、逆に言えば……穴だらけってことよね)
裁判長が木槌を叩く。
コン、コン。
また同じ音。完全一致。
「次の罪状。被告レオナ――”視線が生意気”」
「視線で断罪するな!」
私は叫んだ。
叫んだ瞬間、傍聴席がまた一定音量で「ざわ……」と鳴った。
ユーフェミアが、なぜか小さく頷いて、私にだけ聞こえるくらいの声で言った。
「レオナ様……がんばって……!」
だからなんで味方!?
私は深呼吸し、椅子に座り直した。
冷静に。ここは冷静に。
バグっているなら、裁判は”まとも”じゃない。
まともじゃないなら、まともな正攻法で勝とうとするのは愚策。
なら――この異常を、利用してやる。
(大丈夫。これは断罪じゃない……ただの“崩れかけの舞台”よ)
私は、証言台をじっと見つめた。
次に来る“おかしさ”を、見逃さないために。
その時、裁判長が宣言した。
「それでは最後に、決定的証拠を提出する」
扉が開き、兵士が巨大な銀盆を運んでくる。
上に乗っているのは――
ケーキ。
しかも、私が食べたやつと同じ見た目のケーキ。
裁判長が言う。
「これが被告が食べたケーキである」
私は無言で銀盆を見た。
ケーキは……なぜか、微妙に震えている。ゼリーみたいにぷるぷるしている。
そして、誰も触っていないのに――ケーキが一口分、スッと消えた。
私は額を押さえた。
「……証拠品、自分で減ってますけど!?」
法廷が「ざわ……」と鳴る。
ユリウス殿下が眉間を押さえた。
ユーフェミアは、なぜか「おいしそう……」みたいな顔をしている。
裁判長は動じない。
「よって、有罪――」
私は立ち上がった。
「異議あり!」
私の声が法廷に響いた、その瞬間。
裁判長の口が、なぜか一拍遅れて動いた。
「異議あり!」
「被ってる被ってる! 裁判長が私の台詞をリピートしないで!」
でも、そのズレを見た瞬間――私は確信した。
この世界は、今、ほころびている。
ほころびているなら、針を通す場所はいくらでもある。
(よし。次の一手で――この壊れた裁判、ひっくり返す)
私は視線を上げ、証言台の“ループしている台詞”に狙いを定めた。
そして、心の中で誓う。
(バグは、直すものじゃない――勝つために、踏むものよ)
法廷の空気が、また一定の「ざわ……」で満ちた。
その単調ささえ、今は味方に思えた。
――断罪ルート?
上等。
壊れてるなら、私のほうが“もっと壊して”勝ってやる。




