表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

贖罪証明書

作者: 弓庭柔悟
掲載日:2026/02/08

産声を上げた赤子の足首には、白い紙片が結ばれる。


「贖罪証明書」。


そこにはまだ書かれていない罪名と、必ず支払われる罰の欄だけが空白のまま。


教会は言う。


人は生まれながらにして罪深い存在であり、生きるとは、その罪を自覚し、背負い、苦しみ続ける行為である、死だけが、唯一の赦しであると。




それ故に人々は生きる。


いや、正確には――死ぬ資格を得るために生きる。


子どもは学校で教えられる。


「あなたが生まれたのは、誰かの欲望の結果であり、選択の結果であり、過失の結果だ」「ゆえに、あなたは負債であり、あなた自身が返済そのものだ」と。


そう告げられて泣く子どもはいない。泣くことすら、余分な罪になるから。




私は、子供の時証明書の番号で呼ばれて育った。


名前はあるが、祈りの場では番号しか使われない。


神にとって、個性は誤差だからだ。


成人の儀式では、司祭がこう尋ねる。


「あなたは、生まれてきたことを悔いていますか」


全員が「はい」と答える。


答えなかった者は、悔いるまで地下で祈らされる。


私は、ずっと疑問だった。


罪とは、いったい誰のものなのか。


産まれた私か。


それとも、産んだ彼らか。


問いを口にしたことはない。


問いは信仰を揺らし、信仰は秩序を揺らし、自由は、この国で最も重い罪だった。




母は熱心な信徒だった。


毎朝、私の証明書に触れてからでないと食事を摂らなかった。


「あなたの罪を忘れないためよ」と、穏やかに微笑んだ。


父は何も言わなかった。


沈黙は、彼なりの懺悔だったのだと思う。


ある日、母が言った。


「あなたが死ぬ日、ようやく私は救われるのね」


その言葉に、怒りも悲しみも湧かなかった。


ただ、腑に落ちた。


ああ、私の存在そのものが、誰かの贖罪装置だったのだと。


老いた司祭に聞いたことがある。


「神は、なぜ人を罪人として創ったのですか」


司祭は答えた。


「罪がなければ、救いを売れないからだ」


その夜、私は初めて祈らなかった。


死を選ぶ日は、事務的だ。


申請書に署名し、証明書の空欄が赤で埋められる。


罪名は「出生」。


罰は「生」。


司祭は言う。


「あなたは十分に苦しみました。これで赦されます」


処刑台に上がると、空がやけに澄んで見えた。


神の姿は、どこにもない。


刃が落ちる直前、私はようやく答えに辿り着いた。


罪を背負わされているのは、産まれたほうではない。


産んだほうでもない。


罪を必要とした者――


救いを口実に、他者の生を管理し、意味づけし、死を正当化した者たちだ。


私が死ぬことで、誰かが安心するなら。


誰かが「正しかった」と思えるなら。


それこそが、この世界の原罪なのだ。


刃が落ちる。


――そして翌朝、また新しい赤子が生まれる。


足首に、白い紙片が結ばれる。


救いは、今日も不足している。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ