婚約破棄ですか? そのご様子だと、『幽霊騎士』の本当のお姿を知らないのですね
以前投稿したものをブラッシュアップ、改稿して投稿しました。
「クラウディア・ヴァリス伯爵令嬢よ。お前は私の婚約者でありながら、未来の公爵夫人になるための教育を怠慢し、ひとたび夜会に出れば、男をその体で誘惑する。眉目秀麗で尊い私という存在を蔑ろにし、男どもに色目を使うお前とは今日でお別れだ。よって、今日でお前との婚約を破棄し、ここにいるメリーを新しい私の婚約者とする」
夜会で高らかに宣言した彼は、言ってやったとばかりにふんぞり返り、クラウディアを蔑むように見た。
彼の新しい婚約者というメリーは可愛らしい巻髪を手でくるりと撫でた後、そのままあざとく唇に人差し指を添える。
「ポール様、そこまで言ってはクラウディア様が可哀そうですわ。それよりも私はあなたのお傍にいられるだけで幸せです」
目を潤ませて上目遣いで囁く彼女の言葉に、ポールは感心してため息をつく。
「なんて素晴らしい女性なんだ! 君はやはり『博愛の女神』! それに比べてクラウディアは『稀代の悪女』だ! 男を惑わしたぶらかし、悪の道へと誘う。最低な人間だ」
そうして二人の女性を比べ、元婚約者のクラウディアの地位を一気に落とした彼だったが、彼女は意外にも冷静で賢い女性だった。
(なるほど……最近何か私にこそこそしていたのは、このためでしたか。こうも堂々と婚約破棄されるとは……)
クラウディアの胸の内を知らぬポールは、彼女にさらなる命を下す。
「ただ、お前はもう十八だ。その年で婚約者がいなくなると大変だろう。そう思って私が直々に用意してやったぞ、お前の嫁ぎ先を」
「あらまあ! ポール様ったら、なんてお優しいの! クラウディア様のこともお考えになるなんて!」
猫撫で声で嫌味たっぷりに発言する彼女におだてられ、さらに高らかにポールは言う。
「『幽霊騎士』を知っているだろう?」
「ええ……」
『幽霊騎士』とは社交界でまことしやかにささやかれている噂の存在。
非常に残忍な性格で、血も涙もなく敵を次々に討ち果たして戦場を駆ける──。
そんな恐ろしい彼が戦場から戻って森の奥深くの屋敷に引きこもっているというのだ。
「そいつがお前の嫁ぎ先だ! どうだ!? 『幽霊騎士』と『稀代の悪女』の結婚! ぴったりじゃないか!」
ポールが高笑いしている隣で密やかにメリーが笑みを浮かべていた。
勝ち誇ったような二人に向かい、クラウディアが驚いた表情を見せて尋ねる。
「あの『幽霊騎士』様がわたくしとの結婚をご了承なさったのですか?」
「ああ……そうだが……」
すると、クラウディアはふっと笑みを浮かべ、ドレスの裾を持って丁寧にお辞儀をした。
「婚約破棄のお申し出、ありがたいですわ」
「なっ!」
「そして、私の嫁ぎ先まで斡旋していただきまして、嬉しい限りでございますわ」
予想外の反応をした彼女に、ポールは訝し気な顔をしている。
「なぜ、婚約破棄されてそんな嬉しそうなんだ! 頭がおかしいのか!?」
「いいえ、あなた様がいかに愚かだったか、そしてそんなあなた様から離れられることが嬉しいのですわ」
「なんだと!?」
クラウディアの反撃にポールは怒りで拳を震わせた。
そしてそのあまりにも妙な笑みを浮かべる彼女に、次第にメリーも眉をひそめていく。
「そのご様子だと、『幽霊騎士』の本当のお姿を知らないのですね」
「なに?」
ポールはなんのことかわからずただ怪訝な表情を浮かべている。
一方、クラウディアは意味深な笑みをメリーに向けると、彼女の背中にじんわりと汗が滲んだ。
『幽霊騎士』の正体について知らない二人に、クラウディアは告げる。
「我が叔父はが戦場によく行っていたのはご存じですか?」
クラウディアの叔父は騎士団長であり、剣の腕が王国で随一と呼ばれている。
そんな彼が戦場で活躍していることはポールの耳にも入っていた。
「お前の叔父上がどうしたのだ!」
「あら、戦場で指揮を執っていたのは『幽霊騎士』」
その言葉を聞いてメリーは何かに気づきハッとするが、すぐに何もなかったかのように冷静さを取り戻す。
そんな彼女の表情の変化をクラウディアは見逃さなかった。
「あら、メリー様は知っているわよね、もちろん」
「な、なんのことかしら……?」
「ふふ、とぼけちゃって。ご存じのはずでしょう。『幽霊騎士』、あのお方がどれほど高貴なお方か」
メリーはクラウディアに悟られないように冷静さを保つが、額からすでに汗が流れている。
「なっ! お前たち! 何を言い合っているんだ!」
「ポール様、申し訳ございませんでした。あなた様を置き去りにしてしまいましたわ。メリー様はすでにお気づきのようですが、あなた様はまだですわね。では、特別に教えて差し上げますわ」
「な、なにをだ!」
「『幽霊騎士』の本当の正体を……」
そう口にすると、クラウディアはポールのもとにゆっくりと近づいていく。
そしてそっと彼の耳元で囁いた。
「な……」
ポールは目を見開き、次の瞬間にはその場にへたり込んでしまう。
その足はガクガクと震えて顔がどんどん引きつっていく。
「ゆ、幽霊騎士が……実は第二王子のライベルト殿下だと……!?」
衝撃の事実を告げられて口が大きく開いたままのポールに、クラウディアはさらに追い打ちをかける。
「さあ、あなた様があのお方を『幽霊騎士』と蔑んでいたことも、ご両親に内緒でわたくしとの婚約を破棄したことも知られたらどうなるでしょうね?」
(元々ポール様と私の結婚は両家の友好の大事な証だった。それをご両親に内緒で破棄したとあれば、ただではすまないはず)
「それに、メリー様はポール様のお家を乗っ取るために近づいている隣国のスパイ一家の娘。『稀代の悪女』と罵ったあなたのほうが、害悪ではなくて?」
その言葉を聞いてポールはメリーに詰め寄る。
「嘘だよなっ!? メリー!」
「嘘に決まっていますわよ。ポール様と私の仲を羨んでのでたらめですわ!」
彼女の言葉を聞いたクラウディアは、冷静にじっと二人の様子を見つめて言う。
「でたらめかどうかは、すぐにわかるでしょうね。さあ、わたくしは元婚約者様のご指示通り、『幽霊騎士』様のもとへ向かうといたしますわ」
「ま、待てっ! お前と復縁してやる!」
「な、私を捨てると言うの!?」
ポールが保身のためにクラウディアとの婚約破棄をなかったものにしようとするが、それを許すまじといった様子でメリーに食ってかかった。
そんな醜き争いの末に破滅の未来を見たクラウディアは、振り向きざまに告げる。
「わたくしは『稀代の悪女』ですので。『眉目秀麗で尊い』あなた様とは釣り合いませんわ。ごめんあそばせ」
彼女はわずかに笑みを浮かべてその場を去った。
ポールはその直後に実家で両親からひどく叱られ、勘当。メリーもスパイ容疑で拘束され、一家で投獄されたのだった──。
読んでくださってありがとうございました!
連載では『幽霊騎士』との再会などその後のクラウディアがひょんなことから子育てをすることになったお話が読めます。もし気に入ってくださった方はそちらも覗いていただけますと幸いです。
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『稀代の悪女は可愛い双子の母になりました~婚約破棄されて嫁いだら、すでに私の旦那様は行方不明でした~』
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