【2-3】『それでも、笑わなきゃ。』
【本作はpixiv・小説家になろう 同時連載作品です】
すみません、誤って削除してしまったので本日更新分再掲載です。
ご覧いただき、ありがとうございます!
この作品は、オリジナルのダークファンタジー小説です。全7章構成の連載形式で投稿します。
こちらの物語は、pixivにも同時掲載しております。
https://www.pixiv.net/novel/series/14203170
(※創作活動としての併載です。転載目的ではありません。)
第2章 友達の定義③『それでも、笑わなきゃ」
お楽しみください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
※この作品の無断転載・複製・AI学習への使用を禁止します。Repost is prohibited.
scene3 「それでも、笑わなきゃ」
セミの声も途切れた夜の公園。
街灯の下、優真はひとり、ベンチに座っていた。
頬をなでる風は少しだけ湿っていて、生ぬるい。
手には飲みかけのペットボトル。何を見ているわけでもない視線が宙をさまよう。
──澪は、律が好き。
当たり前みたいな現実が、やけに重たく胸に残っていた。
(なんで……あんなに動揺してんだろ)
好きだなんて、思ってなかった。
思わないようにしてたのかもしれない。
でも、あの瞬間──
ほんの少しでも「もしかして」って期待した自分が、誰よりも恥ずかしかった。
……気づかれないようにしてきた気持ちを、自分自身が一番ちゃんと見ていなかった。
そのことが今さら、じわじわと痛い。
ぼんやりと、胸の奥がしみるような感覚に沈んでいた、ちょうどそのとき──
ばさっ、ぱらぱらっ……
突然、優真の頭上に何かが降ってきた。
乾いた葉っぱと、個包装のお菓子がバラバラと落ちてくる。
「っばぁ〜〜〜〜っ!!」
どこからともなく飛び出してきた紫苑が、両手を広げて満面の笑みで立っていた。
明らかに“驚かせるぞ”という気満々の声。
彼女の手には空のレジ袋、足元には踏み荒らした草の跡。
「……」
──しかし、優真は無反応だった。
肩をすくめるでもなく、立ち上がるでもなく、ただ静かにベンチに座ったまま、宙を見つめている。
紫苑はきょとんとした顔をしたあと、にぱっと笑って優真に近づいた。
「どう!?今度はどう!?びっくりしたでしょ!?ほら、びっくりすると不幸って思う人もいるってテレビで……」
期待に満ちた声で話しかけながら、優真の前に回り込む。
けれど──
優真は一瞬だけ紫苑を見て、すぐに視線をそらした。
その表情は、まるで心ここにあらず。どこか遠くを見ているようだった。
「……あれ?優真?」
紫苑の笑顔が、徐々に不安げなものに変わっていく。
声をかけても、返ってくるのは気の抜けたひとことだけだった。
「ん……」
まるで中身のない返事。
──なんか、変だ。
紫苑はそれ以上はさわがずに、そっと優真の隣に腰を下ろす。
わざとらしくぴたっとくっつくこともせず、少しだけ間を空けて。
風に揺れる木々のざわめきと、遠くで犬が吠える音。
いつものようにふざけていいのかどうか、判断がつかなくて──ただ、黙ってそこにいることを選んだ。
しばらく沈黙が続いたあとだった。
ーーー俯いていた優真が、ふいに顔を上げた。
そのまま、どこか焦点の合っていない目で、ぽつりとつぶやく。
「……そうだ。魔紋」
「……へ?」
「そういえばさ、出てたんだ、僕にも。魔紋」
「……え?」
なんで急に、その話ーーー
「こないだ、見せてって言ってたよね」
「そういや見せてなかったなーと思って。見る?いいよ、今」
優真はそう言いながら、なんのためらいもなくシャツの前ボタンに手をかけ、ひとつ、ふたつとボタンをはずしていく。
屋外で、人目もあるというのに──その行動にためらう様子は微塵もなかった。
「……っえ!? ちょ、ちょっと優真!?」
紫苑が慌てて身を乗り出し、シャツを抑える。
「なにしてんの!? やめ、ほんとやめて!外だよここ!?」
「だって、紫苑が確認しなきゃとか言ったんじゃん」
「屋上だって外だし。あんなに見たがってたのに。なに、今さら」
ぐいと、脱ごうとする優真。
焦る紫苑。まるで押し問答のように。
「優真っ!!」
紫苑の声がわずかに震える。
なんとかこの状況を止めたくて、咄嗟に口から出たのは──
「あ、あのさ!」
「そんなことよりさ、律と澪! また一緒にいたけど──あんた、喧嘩でもしたの!?」
ーーー優真の手が、止まった。
紫苑は、安堵と緊張の混じった呼吸を整える。
なんとか空気を変えようと、わざとらしく明るい声で続けた。
「てかさ、なんかあの2人最近仲良いよねー。もしかして律って、澪のこと──」
「……うるさいっ!!!」
怒鳴った瞬間、優真の手が紫苑の手を振り払い
バランスを崩してよろめいた紫苑はそのまま、地面にへたり込む。
振り払った衝撃で、優真のそばに置いてあった鞄がベンチから滑り落ちた。
中身がバサバサと派手に飛び出す。
プリントの束。
数式や図表、走り書きのメモ。
澪の課題を手伝っていたときに書き込んだ、下書きのような紙。
そして、誰かに「見せて」って言われた時のために、いつも持ち歩いている全教科分のノートたち。
几帳面に整えられていたそれらが、夜風に吹かれてバラける。
── 紫苑は驚いたように息を呑んだ。
「……っ」
優真は、はっとして、
目の前の紫苑を見た。
「…あ……」
「……ごめん」
震えるような、小さな声だった。
紫苑は、黙って見つめていた。
優真は俯き、苦しそうにつぶやいた。
「…僕、なんで……」
「違うんだ……ごめん、怒鳴ったりとか
そんなことするつもり、なくて……」
さっきまでの自分を隠してしまいたいかのように、
優真は、胸元ではだけかけたシャツを、必死でぎゅっと握りしめた。
「ぐちゃぐちゃで…僕、もうなんか、なにしてるのか、わからなくなっちゃって……」
紫苑は、何も言わずに優真をみつめる。
そして、、散らばったノートやプリントに目をやると、ひとつひとつ拾い集めた。
まとめた紙を丁寧に揃え、端の折れたところをそっとなでて、すべてを大事そうにカバンへ戻していく。
「……律にさ……律に、頼まれたんだ。
“澪との仲、取り持ってくれ”って」
優真は、自分に言い聞かせるように呟く。
「……僕は、それでいいって……ほんとに、そう思ってたんだ。思ってたのに……っ」
息が詰まる。
苦しい感情が、胸の奥からじわじわとこぼれ始めていた。
「……最低なんだ」
そしてまた、ぽつりと、落ちる声。
「澪が、澪が好きな人いるって話し始めた瞬間、心のどっかで……“僕かも”って……思ってた」
「ほんの少し、そうだったらいいなって……」
「律に頼まれたことだって、ちゃんとできなくて……勝手に、期待して、勝手に……」
息を吸うのもつらそうに、言葉を絞り出す。
「……何考えてるんだろ、僕……っ」
「こんなのおかしい……気持ち悪いよ、こんなやつ……」
優真の肩が、かすかに震えていた。
その背中から、押し殺すような感情が伝わってくる。
今にも押しつぶされてしまいそうな優真を前にして、プリントを拾う手が、一瞬止まる。
──そして、、ふと気づいた。
あ……これ。
(『不幸』……だ)
瞬間、魔紋が刻まれた左腰に、チリッとした痛みが走る。
けれど紫苑は、それを無視した。
そんなこと、今はどうでもよかった。
次の瞬間、口が勝手に動いていた。
「……気持ち悪くなんか、ないし」
優真が顔を上げた。紫苑の方を見る。
紫苑自身も、なぜその言葉を口にしたのか、わからなかった。
ただ、どうしようもなく胸の奥がざわついて──気づいたら言っていた。
優真は、驚いたまま黙っている。
紫苑は、優真を見つめ
そして、たどたどしく言った。
「……なきそう」
図星を突かれたように、優真はふいに視線を逸らした。
少し間を置いて、小さく答える。
「……泣きそうじゃないよ」
「くるしそう」
「……くるしくないよ」
紫苑は、ほんのすこし目を伏せて、ぽつりと続けた。
「澪とか、律は──」
優真の肩が、わずかに跳ねた。
「……笑ったり、泣いたり、怒ったりしてるよ」
「え……?」
「優真は…
……笑うばっかり」
紫苑は、落ち着いた手つきで、すっかり詰め直したカバンを抱え、そっと優真の膝に乗せた。
まるで、それが何かの代わりであるかのように。
「ほら。泣きそう。」
優真は、なにも言い返せなかった。
でもその言葉が、
“泣いていいんだよ”って言ってくれた気がして。
「……うん」
「……ちょっとだけ」
そうつぶやいて、カバンを胸に抱き寄せると、優真はそのまま顔を埋めるようにして突っ伏した。
紫苑は黙って、すぐ隣にそっと座る。
さっきより、ほんの少しだけ、優真の近くに。
魔紋の痛みは、いつの間にか消えていた。
──カァ…カァ……。
低くかすれたカラスの鳴き声が、夜の静けさをかすかに揺らす。
二人の姿を、少し離れた茂みの陰からじっと見ている者がいた。
赤く鋭い眼。
影に溶けるような黒い衣に、口元には冷たい笑み。
「……見てらんねぇなぁ。タラタラやってんじゃねぇよ」
声は風に溶け、誰の耳にも届かない。
その男は、ただ一言だけそう呟くと、闇の中へと姿を消した。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
《次回以降投稿予定》
08.01(金)【2-4】『火花』/《第2章:審判記録》
08.02(土)【3-1】『ボール、顔面キャッチ事件』
物語はいよいよ第3章にむけて進んでいきます!
※お知らせ※
第3章以降、最新話の更新は1〜2日に1回のペースになります。
また、更新の時間帯については、日付が変わった直後〜お昼ごろまでの間に投稿することが多くなる予定です。
少しお待たせしてしまうこともあるかもしれませんが、継続して更新して行きますので、楽しみにお待ちいただけると幸いです。
ブックマークや感想をいただけると励みになります!
よろしくお願いいたします。