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それでも、この未来を。  作者: 風見鶏
第2章 友達の定義
7/27

【2-2】『変わり始めた距離』

【本作はpixiv・小説家になろう 同時連載作品です】


ご覧いただき、ありがとうございます!

この作品は、オリジナルのダークファンタジー小説です。全7章構成の連載形式で投稿します。


こちらの物語は、pixivにも同時掲載しております。

https://www.pixiv.net/novel/series/14203170

(※創作活動としての併載です。転載目的ではありません。)


《この投稿の掲載内容》

ー第2章 友達の定義②ー

scene2『変わり始めた距離』


《次回投稿予定》2025.07.31(木)

ー第2章 友達の定義③ー

scene3『それでも、笑わなきゃ』



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


※この作品の無断転載・複製・AI学習への使用を禁止します。Repost is prohibited.


scene2 「変わり始めた距離』



最近、なんだか──

律くんの様子が、少しおかしい。


「……あ、俺ちょっと購買寄るわ!」


澪が教室に入るなり、律はそんなことを言ってふいっと立ち上がり、鞄も持たずに教室を出て行った。

休み時間でもない、授業が始まる直前のタイミングで。


(……べつに、購買なんて行く必要ないでしょ)


そう思ったけれど、声はかけられなかった。


──気のせい、だよね?


最初は、そう思おうとしていた。

けど、そういう“すれ違い”が少しずつ、増えてきた。


今までは、毎日のようにくだらないことで笑い合っていたのに、今は話しかけてもすぐにどこかへ行ってしまう。


廊下で会えばなんとなく並んで歩いていたのに、最近は気づけば律の背中を遠くに見送っている。


目が合えば笑ってくれるのに、その笑顔のあとには、決まって視線をすっと逸らされる。



(もしかして私……避けられてる…?)


なにか、言っちゃいけないこと言ったのかな。


この前、帰り道で話した、あのこと……?


優真と紫苑のことを話した、あの日。

それ以来、たしかに──律くんの様子は、どこかおかしかった。



(もしかして……なにか、怒らせちゃったのかな)


そう思ったとき、胸の奥がひやりと冷たくなる。


あの話、優真のことを誰かに告げ口するみたいで、

本当はあまり言いたくなかった。

けど、律くんになら……って、つい。


(もしかして……私が、悪かったの?)


律くんは、いつもみんなと仲良くて、

誰のことも悪く言わない。

誰かが落ち込んでいたら、自然と明るい空気にして、誰かが強がっていたら、そっと隣に立ってくれるような人だった。


だから、あんなふうに──人のことを陰で言うみたいな真似。

ああいうの、きっと嫌いだったんだ。



(……私、律くんに嫌われちゃったのかな)


考えれば考えるほど、心の奥がざらざらして、苦しくなっていく。


本当の理由なんて、わからないのに。

聞く勇気なんて、ないのに。

ただ一人、置いてけぼりにされていくような気がして、どうしようもなく怖かった。




優真は違和感を感じ始めていた。


(……なにか、あったのかな…?)


気のせいじゃない。澪の視線や、律の言葉の端々の印象が、ほんの少しだけ変わってる。

でも理由はわからず、優真は考え込むことが増えていた。


紫苑は、相変わらずのマイペースで屋上に誘ってきたり、気づかぬまま天然で澪を刺激している。

優真はそのたび、なんとなく澪の顔色を気にしてしまっていた。




優真が、紫苑と契約を交わしてからというもの――


ほんのわずかに。けれど確実に、彼の周囲の人間関係に、目に見えないズレが生じはじめていた。


それは、意識しなければ気づけないような、微細な亀裂。


これも、悪魔の影響なのか。

あるいは、契約を結んだ人間がたどる、避けられない運命なのか。

だが――


当の本人である紫苑に、そんな自覚はまるでなかった。


今日も変わらず、能天気な笑顔で優真の肩をぽんと叩きながら、陽気に声をかける。


「ねー! また屋上行こうよ! まだ話せてないことあるんだけど!」


「えっ……あ、いや、ええと……!」


押せ押せで間合いを詰めてくる紫苑と、それに押し負けている優真。


思わず、澪は紫苑を睨みつけていた。

ついさっきまでそれなりに穏やかだった表情が、またじんわりと曇っていく。


「ん? あれ? 澪なんかまた怒ってる?」


不思議そうに首をかしげる紫苑。

ポカンとしたその顔には、まるで悪気のかけらもない。


「人間の気持ちってムズカシイね」


それだけ言って、紫苑は笑った。


なんの迷いもない、あまりにも無垢なその笑顔に、誰も文句を言うことなんてできなかった。





期末試験を終えたある日──

律の家のリビングで、優真は課題プリントを手伝っていた。


テーブルには、無残な点数が並ぶ答案用紙。

30点台、20点台、極めつけは「5点」の赤ペン地獄。


その脇には、補習スケジュールで真っ黒に塗りつぶされた夏休み前半のカレンダー。

「数学補習」「英語補習」「追試」「課題提出」……空白は一日たりとも存在しない。


「……あれ? 夏休みって……いつから……?」


呆然とつぶやく律の声が、静かに虚空に吸い込まれていった。


優真はそっとプリントの山を積み直す。


「とりあえず…化学からやろっか」




夕方になり、窓の外は少しオレンジがかった光に染まり始めていた。


リビングのテーブルの上には、終わった課題プリントの山。

その上にうつぶせるように倒れ込んだ律は、机に突っ伏したまま、床に顔を向けてぽつりと呟いた。


「ありがとう……ほんとに……ありがとう……」


「……きてくれてよかった……まじ、神っ……」


「神って(笑)」

優真が小さく笑いながら、プリントを端に寄せてまとめる。その手つきは、どこか慣れていて、どこか優しい。


静かに、ゆるく、穏やかな空気が流れた。



その中で、ふと。


律が、ごそっと身体を起こし、背もたれに寄りかかる。


律はしばらく黙っていた。

何度か、口を開きかけては閉じて、目の前のテーブルに視線を落とす。


そして、ぽつりと呟くように言った。



「なあ、優真……ちょっと、真面目な話してもいい?」


その声音に、優真も自然と姿勢を正す。



「……澪ちゃんのことなんだけどさ」



言いづらそうに言葉を探してから、律はついに口にした。



「もしかしたら……あいつ、優真のこと好きなんじゃないかって、思っててさ」


ぽつん、と落ちた言葉が、テーブルの上に静かに広がる。



突然の話に、優真の手が止まった。



「前に、紫苑ちゃんのことで話してくれた時……澪ちゃん、なんか変だったんだ」



「だから、あれ以来ちょっと……避けちまって。なんか、気まずくなったまんまでさ」


そう言いながら、律は少し気まずそうに、でもどこか照れ笑いのような苦笑いを浮かべる。



優真は一瞬、息を呑んだ。


(……え、、澪が……僕のこと……?)


思わずよぎった考えに、胸がざわつく。



けれど、次の瞬間、慌てて頭を振るように心の中でかき消した。


(いやいや……まさかそんな……)


言い聞かせるようにして、手元のプリントに視線を戻す。けれど、そこに並ぶ文字は全然頭に入ってこなかった。



「ほんとはさ、ちゃんと話した方がいいってわかってるんだけど……」


律は、ほんの一瞬、悔しそうに眉をひそめたあと、力なくつぶやいた。


「……情けねぇよな。あんなふうに“仲取り持って”とか言っといて、いざって時に俺が逃げてんの」


ぽつりとそう言ってから、律は手元にあった消しゴムを指先でつつき、

気の抜けたように、優真の方へコロリと転がした。


まるで、冗談みたいに見せかけながら、

ほんの少しだけ、自分の想いを託すように。


「本当はさ、俺がちゃんと……元気づけてやりたいって、思ってるんだけどな」


ふっと笑うその横顔は、どこか無理をしているように見えた。


「でも、今のあいつには……俺じゃ、ダメだと思うんだ」



「だから、、優真がさ。ちょっと話聞いてやってくれたら──澪ちゃん、きっと喜ぶと思うんだよな」


「……今日も、元気なさそうだったし。あいつ、今もたぶん……」



言いかけて、言葉を飲み込む。

そして、それ以上は何も言わず、ただうつむいて黙り込んだ。




さっきまでよりもずっと静かになった部屋の中、


「……わかった。今度、話してみるよ」


優真が小さく呟いたその一言は、自分の中に渦巻く感情を無理やり脇に置いたような、静かな承諾だった。





放課後の教室に、夕陽が長く差し込んでいた。

日直の律と、またしてもその手伝いで残っていた優真が、せっせと机を整えている。


そのとき、教室の扉が勢いよく開いた。


「……ねぇぇぇ、たすけてくれないかなぁぁぁ優真ぁぁあ……!」


大げさな声で泣きついてきたのは、澪だった。


なんとーー

律と同様、期末試験が赤点まみれだったため、補習課題が山のように出されたらしい。


「あれ……澪も課題出たの?」


「うん……赤点の嵐で……しかも期限あさってとか言っててさ……」


空いている席にそそくさと座り課題を広げ出した澪と、律の視線が一瞬バチっと交差する。


途端に教室の空気が、微妙に変わった。


律は、「あ、ヤバ」とばかりに目を逸らし、澪はと言えば、ちょっと遠慮がちに視線を逸らす。



「じゃ、おれ……先に帰るわっ!」


律はわざとらしく元気な声を張ると、荷物をまとめて教室の扉へ向かった。


優真のことが好きな澪――そんな勘違いに囚われたままの律は、ふたりの時間を作ってやろうと気を利かせたつもりだった。


「じゃあ、、がんばれよっ!」

そう言って、律は笑顔でスクールバッグを勢いよく肩にかつごうとしてーーー


――バゴンッ!!


「……」


「…………」


何かに、当たった…



律が恐る恐る振り向くとそこには


またしても――

担任の黒田先生が立っていた。



腕を組み、にっこりとしたまま、無言。


「……………ぁ」


「……たきざわ、くん?」


「せ、せんせ‥あの、ち、ちが、、ちがくてあのっ…あの今のは事故というか、タイミングがアレというか……!!」


「……2回目♡」


「……」


ニコォッと満面の笑みを浮かべた黒田先生に、有無を言わさず襟首を掴まれ――

律はそのまま、廊下をずるずると引きずられていった。


「あああぁぁぁごめんなさぁぁぁいぃぃぃ!!!命だけはぁぁぁぁあああ!!!」


残された教室に、律の断末魔がこだました。


「「…『メドゥーサの間』行きだ……」」


優真と澪が、同時に呟いた。


メドゥーサの間とは、生徒の間で浸透している、黒田先生の棲家。つまり、「生徒指導室」の別称だ。

ひとたびその部屋に連れて行かれたら

確実に更生しないかぎり決して出られないと噂の、恐ろしい部屋…


律は…無事に帰って来れるのだろうかーー



しばしの沈黙のあと、ふたりの視線がぴたりと合う。


そして、


「ぷっ……」


肩を震わせ、澪が思わず吹き出した。


「な、何やってんのあいつ……ほんと、もう(笑)」


優真も、つられるように笑い出す。


「はは……だね」


一瞬で、張りつめていた空気がふわりとほぐれたように、ふたりは顔を見合わせて笑い合った。


笑いの余韻を残したまま、自然に机の上へと目が移る。


「……で?どの課題?」


「これっ、やばいの。いっぱいあるし終わらないし……ほんと助けて〜」


そう言いながら、澪は課題の束を差し出した。


どこかで見た光景……。

澪が差し出したプリントの束を受け取りながら、優真は律とやった時と同じように手際よく課題を整理していく。


「……これ、たぶん、この順番でやるのが一番早いかも」

「えっ、ほんと?助かる〜」


嬉しそうに身を乗り出す澪に、優真は少し目を伏せた。

……律の言葉がふと、頭によぎる。


ー『優真が、ちょっと話聞いてやってくれたら──澪ちゃん、きっと喜ぶと思うんだよな』

『……今日も、元気なさそうだったし。あいつ、今もたぶん……』ー


言いかけて、口を閉ざした律の横顔。

結局それ以上は何も言わなかったけれど、その時の表情はどこか痛ましくて、優真の胸に引っかかっていた。


(……話、聞いてみるって、言ったんだよな)

ちらりと、澪の横顔を見る。

笑ってる。でも……その笑顔が、どこか作られているような気がした。



「……あのさ、澪」

優真は、手元のプリントから顔を上げた。


「ん?」

ペンをくるくる回しながら、澪が顔を向ける。



「なんか……最近、元気なかったりした?」



その一言に、澪の手がぴたりと止まった。

わずかに目を見開いて、優真を見る。

でも、すぐにいつもの笑顔を浮かべると、軽く肩をすくめた。


「えー?なにそれ、誰かに聞いたの?」


「……まあ、ちょっと」

優真は少しだけ苦笑いを浮かべながら言う。


「ふーん」

澪は再びペンを回しながら、今度は目線をプリントに落とした。


「まぁ……ちょっとだけ。いろいろ、あってさ」

「そっか……」

「でも、もう大丈夫」


そう言う澪の声は、どこか遠くてーーー


目の前の課題よりもずっと難解な“こころの答え”を前に、優真はしばらく言葉を失った。


ただそばにいて、一緒にプリントに目を落とす。



少しの沈黙の後ーーー


「さて!課題やらないと!」

澪は、ぱんっと勢いよく手を打って、姿勢を正した。


「あーけど絶対終わらない〜〜む〜り〜〜」

わざとらしく頭を抱えると、机に突っ伏して足をばたばたさせる。


「大丈夫だよ、提出、明後日だよね?この量ならたぶん、最終下校時刻までにはなんとかなるんじゃない?」


「いやいやいや!今回は本気でやばいって〜〜」


口ではそういいつつ、それでも、先ほどよりずっと楽しそうに笑っている。


その様子は、どこか律に似ていた。



それからしばらく、ふたりで並んで問題に向き合う。

静かにペンの走る音が重なり、部屋に落ち着いた時間が流れる。



──そして、ふと。


澪が、手を止める。


ふぅ、とひとつ、深く息をついた。


「……ねぇ」


「うん?」


「律くんって、さ。いつもあんな感じだよね」


「……んー、まあ。そうだね」


「なんか……一緒にいると楽しいけど。

肝心なところで、ひょいって逃げられちゃう感じ、するんだよね……」


優真は、苦笑いした。

それはまさに、律らしいと言えば律らしい。でも――


澪は、少し遠くを見るような目をしていた。

それから、静かに言葉を続ける。


「……優真ってさ、そういうとこ、ないよね」


「……え?」


「ちゃんと話聞いてくれるし、まっすぐ向き合ってくれるし……相談も、できるし……」


澪の声が、少しだけトーンを落とした。


窓の外。すっかり夕暮れ色に染まった空を眺めながら、ぽつりと呟く。


「……笑わないで聞いてね」



「うん」



「……私、いま……好きな人がいるの」





その瞬間。

優真の胸の奥が、ぴたりと静止した。



(まさか……)



――浮かんだのは、あの夜の律の顔だった。


「澪と、もっと仲良くしたいんだよな〜」と、子供みたいに無邪気に笑った顔。


リビングの明かりの下で、ぽつりと呟いたあの言葉。


ー『なあ……俺さ。澪ちゃんのこと、もしかしたら優真のこと好きなんじゃないかって思っててさ』ー



「……え、それって?」


胸が、わずかに跳ねた。



まさか……?


「うん。たぶん、びっくりすると思うけど――」


違うかもしれない。

いや、違っていてほしい。



「じつはね……」



でも、でも


この空気。この間。


この視線の揺れ方。



もしかしたらーーー





「――律くん、なの」


(ボク カモシレナイ)





心の中で、何かがドロリと溶け出した。


瞬間、優真の意識が遠のいた。


周囲の音も、澪の声すら、どこか水の中で聞こえているようだ。



「……ちょっと前に気づいたの。そうかもって思って。

そしたらさ、こっちが意識し始めたからなのかな。なんか最近ちょっと、気まずくなっちゃってて……」


優真は、なんとか微笑みを保っていた。

それが、自分の義務であるかのように。


いいんだ、間違ってない


だって僕は、応援してたから

律の背中を押すために、ふたりが、もっと近づけるためにーーー


だから、澪はーー



(ボクヲ ミテタンジャナカッタノ?)



ちがう


いやだ




いやだ

いやだいやだ



(ナンデ ボクジャナイノ)



やめろ




汚い。




こんなの、最低だ。





優真の中で、すべてがガタガタと崩れていく。




いやだ……こんなの




笑顔で話し続ける澪の声が、どこか遠くから響いていた。


「だから、まだ律くんには言わないでおいてね?

今日もあんな感じだったし……

今度さ、また、ちゃんと話せるタイミングあったら……」



「優真、、協力、してくれないかな」



はやく


はやく


いつもみたいに、笑わなきゃ



“いいやつ”に、戻らなきゃ。


優真は、ぎゅっと自分の拳を握った。



この気持ちは、みせちゃいけない。

考えちゃ、いけない。



乱れくるう感情に

今しっかりと蓋をして


「……うん。

 ――わかった。」


そう言って、にっこりと、笑った。





最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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