【1-4】『落とし穴とメドゥーサ』/《第1章:審判記録》
【本作はpixiv・小説家になろう 同時連載作品です】
ご覧いただき、ありがとうございます!
この作品は、オリジナルのダークファンタジー小説です。全7章構成の連載形式で投稿します。
こちらの物語は、pixivにも同時掲載しております。
https://www.pixiv.net/novel/series/14203170
(※創作活動としての併載です。転載目的ではありません。)
※第1章分まではすでにpixivにて先行公開済みのため、まとめて投稿いたします。
第2章以降は、pixivと小説家になろうにて同時更新となる予定です。
《この投稿の掲載内容》
ー第1章 出会いと予兆④ー
scene5『落とし穴と、メドゥーサ』
《第1章における審判記録》
《次回投稿予定》2025.07.29(火)
ー第2章 友達の定義①ー
scene1『嫌われなくて、よかった。』
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※この作品の無断転載・複製・AI学習への使用を禁止します。Repost is prohibited.
scene5『落とし穴とメドゥーサ』
がらんとした昇降口を抜け、優真は小さくため息をついた。
──職員室になんて、行く用事はもちろんない。
ただ、あの空気に居続けるのがどうしても無理で、勢いで飛び出してしまっただけだった。
けれど、外に出たところで、行き先なんて思いつかない。気まずさに押し出されるように逃げ出した自分を思い出し、律や澪にどう思われてるか考えると、ますます戻りづらくなった。
しかたなく、制服の襟を少し緩めながら、いつもの帰り道を歩く。
蝉の声が頭の上でけたたましく鳴く中、近所の小さな公園にさしかかったとき──
「ゆーうまっ!」
ひょこっと、木の陰から顔をのぞかせたのは紫苑だった。唐突な登場に、優真は思わず立ち止まる。
「わっ、びっくりした……」
紫苑はにっこりと笑うと、なぜか落ち葉がついたスカートの裾を気にする様子もなく、ウキウキとした足取りで優真の手をとった。
「ねね、ちょっと、こっちきて(^^)」
「……? なに?」
明らかになにか企んでいるのを隠しきれていない様子の紫苑に引っ張られるまま、優真は公園の端の草むらへと連れていかれる。
人目につきにくい場所に入り込むと、紫苑は唐突に彼の前方、1.5メートルほど先まで(なにかを避けるように)移動してぴたっと止まり、振り向いた。
「こっち!こっちまで、きてくれる?」
キラキラと期待に満ちた目で言われ、優真は首を傾げる。……が、ふと紫苑がわざわざ避けて通った足元に視線を向けた瞬間、そこに微妙な土の盛り上がりと不自然な地面の色があることに気づく。
(……え?…落とし穴……?)
あまりにもバレバレな不自然さに、一瞬言葉を失う優真。だが、当の紫苑は何事もなかったように、無邪気に手招きしている。
「はやくっ、はやく! ほら、いいものあげるから!」
どう見ても怪しい。だが、紫苑の必死さに負けるようにして、優真は苦笑いしながら頭をかいた。
「……はいはい」
そして、一歩──二歩──
──ズボッ。
「うわっ、いてっ……!」
見事、落ちた。
膝までずっぽり土に埋まり、尻餅をつくような格好で穴にはまる優真。その様子を見て、紫苑はぴょんっと跳ねるように喜びをあらわにした。
「わっ♫ ねね、びっくりした!? こんなとこに落とし穴あって最悪!って、思った!? どう!? “不幸”になった感じする!?」
あまりに満面の笑顔で言ってくる紫苑に、優真は一瞬ぽかんとしたあと──
ぶっ……と吹き出した。
「えっ、なんで笑うの!? 普通はハマらないやつだよ!? めっちゃ不運じゃん!? 不幸じゃん!?」
「不幸」と連呼する紫苑の必死さに、笑いが止まらなくなる。
「不幸っていうか……ぶはっ、もう……」
困惑と笑いが入り混じった顔のまま、優真は穴の外に出てくると、パタパタとズボンの土をはたいた。
「試験に合格するために、僕を不幸にしなきゃいけないんだっけ?」
紫苑は、こくこくと真剣にうなずく。
「でもね、なんか、なにが“不幸”なのかやっぱ、よくわかんなくて……。学校の食堂の、テレビでみたの…落とし穴に落ちた人が“さいあく〜”って叫んでるの。だから、これならいいかなって……」
言いながら、紫苑は少し口を尖らせる。
──本気だった。
人目を忍んで、土を掘って、穴を作って。泥だらけになりながら、全部一人でやったんだろう。
それを想像すると、優真の口元にふと優しい笑みが浮かんだ。
「……紫苑?」
紫苑がぱちりとまばたきをする。
「このくらいの“不幸”で、紫苑が“合格”するんなら……僕、いくらでもはまるよ、落とし穴」
思いがけない優真の言葉に、紫苑は一瞬、はっと目を見開いた。
「……!」
心の奥にほんのわずか、人間らしい“ドキッ”とするものが生まれたような表情──すぐに打ち消すようにまた笑うが、その刹那は確かに、そこにあった。
……が。
「じゃ、じゃあっ! このあいだテレビで見たやつくらいの大きさの、また作るから! もっかい飛び込んでみて!」
目を輝かせながら言ってくる紫苑に、優真はあわてて手を振った。
「あっ、あの、ごめん、それはちょっと、シャレにならないかもだから……!」
にっこり笑う紫苑を前に、優真は再び苦笑いを浮かべた。
*
それから数日。
窓の外では蝉がじりじりと鳴き、夏の近づきをせかしている。
澪は少しずつ元に戻りつつあった。
優真とはまだどこかぎこちなさが残っていたが、それでも、挨拶や授業の話くらいは自然に交わせるようになった。
紫苑とも、以前ほどではないけれど、すれ違うたびに軽く会釈をする。そんな小さな変化が、周囲の空気を少しずつ和らげていた。
*
放課後ーー
廊下でばったり出会った律と澪は、もうずっと前からそうしていたように、2人並んで昇降口へ向かっていた。
「……あのさ、こないだはありがと」
「……へ?」
不意にかけられた澪の言葉に、律は思い切り素っ頓狂な声を上げていた。
「あの、一緒帰った日のこと。」
「……!」
律の脳内に、あの“事件”がフラッシュバックする。
変顔、そして──
「ほら、かわいい」と言ってしまった自分の台詞。
(うわあああああ!!!やばい!やばいってそれ超恥ずかしかったやつじゃん!…けどーーー)
それでも、やっぱり澪の笑顔を見られたのは、悪くなかった。
よし、今度はもうちょいクールに決めてやる。
「ははっ、それで元気になってくれたなら、よかったよ。」
軽く笑って、さらりと流す。
言ってから少し間を置いて、内心(キマった…!)と拳を握る律。
ふざけたノリじゃなく、いつもの冗談も封印して、落ち着いたトーンで返した。
いつもなら「元気になったかー?俺の変顔パワー!」なんて茶化していただろう。でも今日は違う。大真面目な“クールバージョンの俺”で勝負だ。
けれど、澪はというと──
「……え?」
ぱちりと瞬きし、怪訝そうな表情で律を見上げた。
(……ん?)
返事を間違えたのかと思うほど、不思議そうな顔をしている。
まるで、律が優真だったなら自然なやりとりに聞こえただろうに、律が真面目に返したことで、かえって何かがズレてしまったような。
そんな澪に向けて、律は「ニコッ」とキメ顔で爽やかな笑みを返した。
目が合った瞬間、「どうだ!」と言わんばかりに、キランッと白い歯が輝く笑顔。
──そうそう、このまま、全然気にしてない風に、ひょいっと肩で風切って――
「じゃ、お先になっ」
そう言ってスクールバッグをひょいと肩に担ぎ上げた、その瞬間だった。
ドカッ!!
「いっ……っ」
背後で、何か硬いものに当たった手応えがあった。
振り向くとそこにいたのは、小柄ながらも鋭い目つきの、白衣姿の女性教師。
そう、C組のメドゥーサこと、黒田先生である。
今日も、少しウェーブがかった黒髪をぐいっとアップにして、器用にくるりとまとめた髪の束をきちっとおなじみのボールペンでとめている。
「ぁ…やっべ……」
しん…と、氷のような沈黙が廊下に満ちる。
顔面にカバンをぶつけられたにも関わらず、腕を組み、ただただ静かな冷ややかな微笑みをこちらにむけている。
その視線だけで、律の背中に汗が流れ落ちていく。
「たきざわりつ、くん?」
「は、、ハィ…」
震える声で答える律。
次の瞬間、律は廊下にちんまりと正座していた。
視線は床。全身から冷や汗が止まらない。
先生の顔なんて、恐ろしくて見られたもんじゃない。
「たきざわくん」
「っ!はいっ…」
先生は、静かに言った。
「ここ、どこだっけ?」
「はっ……ろ、ろうかで…」
「そう。廊下だね。たくさん人が通るところだね。」
「……ハィ………」
消え入りそうな返事を返す律の正面に、先生はスッとしゃがみ込み、そっと脇に置かれたカバンに触れた。
「カバン」
「!!」
律の身体が、ビクッとこわばる。
「振り回すの、だめだよね?」
「……ハィ……」
震えて小さくなっている律をじっと見つめた後、先生は続ける。
「もう、しないね?」
「ハィっ…!」
「うん。いい子。」
先生は、髪を留めていたボールペンをひきぬくと、律の顎の下にそっと添えた。
うつむく顔をゆっくりと引き上げ、じっと目をみつめながら優しく囁く。
「いい?次、またやったら……わかってるね?」
鋭い目線。解かれた髪は、風に吹かれてまるで生きているかのように揺れている。
ピシッ…
ー『石化』ー
これが、今の律の状態を表すのにぴったりの表現であることは、周りで見ていた誰もが知っていた。
「じゃ、がんばってねー」
先生はにこりと笑って、
ヒールの音も軽やかにその場を去っていく。
黒田先生の背中が曲がり角に消えていった瞬間、周囲の空気が一気に緩んだ。
そして。
「ぷっ……あはははっ、律くん、顔っ! 顔ヤバいって!」
澪がしゃがみ込みながら、お腹を抱えて笑い出した。
「な、なんだよ、今のマジで石化してたんだからな!?やべえよ、やっぱメドゥーサだよあいつ(꒦ິ⌑︎꒦ີ)!」
「ごめんごめん、でも……ボールペンでっ…顎クイって……! あれはずるい……!」
廊下で見ていた数人もつられて笑い出し、律は顔を真っ赤にしながらも、「なんだよもー……」と口を尖らせた。
「なんでこーなるんだよ……」
澪は肩をすくめて、小さく笑った。
「律くんってさ……なんか、いつもそんなかんじだよね」
「ん? どゆこと?」
「さっきも、わざといつもと違う風にして、去って行こうとしてたじゃん。失敗して石化してたけど(笑)」
「えっ……バレて…!?いやってか、“ふざけて”じゃなくて、あれ、マジでキメにいったやつなんだけど!?」
「うん、だから“いつもと違う風にして”って言ったの(笑)」
「……むぅ……」
悔しそうに唇をとがらせる律を見て、澪はふふっとまた笑った。そしてーー
「あは。けどさ、なんていうか…いつも何か大事なこと言おうとするときとか、誰かがちょっと踏みこんできたときとか──」
澪は、まっすぐに律を見つめた。
「律くん、そーやって、“ひょい”って、逃げちゃうよね。……いつも、ヘラって笑って」
律は、少しだけ目を見開いた。
「あー……まぁ、そらまぁ!ほら、俺のアイデンティティというか、、チャームポイント?みたいな?」
冗談っぽく言いながら視線をそらすと、
澪はあきれたように笑った。
「ほら、またそうやって」
「うるせぇなぁ、俺は自由人なの!」
「はいはい、“自由”って、便利な言い訳だね?」
「くっ……鋭っ!」
じゃれあうように言葉を交わすふたりの間に、やわらかい笑い声が流れた。
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《第1章における審判記録》
記録官:第七観察官ロスフェル
報告対象:試験第A-117区画/受験者:シオン・ヴェリダ
報告日:試験開始より三日目
観察要約:
本試験、当初より定められた規則に則り、証取得者との初期接触を完了。
対象者一ノ瀬優真は、極めて他者志向性が強く、情動への応答性に優れる個体と観察される。
初期段階における接触は、偶然性を装った自然な導線にて行われ、証の受理は任意・自発にて成立。
関係性の形成に関しては、特筆すべき混乱・阻害要因なし。
現時点での干渉痕跡:微弱ながら良好。
当観察官の見解としては、本件、初期フェイズ通過の条件を満たし、試験継続に支障なしと判断する。
──以上。
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