それでは愛想をつかされますよ?
「身分の差なんて関係ない。私は君を愛している」
貴族子息のサフィアンは、侍女であるレイアにそう言って愛を語った。
レイアはサフィアンのことを以前から好きだったのもあって、彼の告白を受け入れた。
けれどある日から、サフィアンはレイアに冷たくなった。どうやら、貴族令嬢に熱を上げているようで、ついにはラブレターまで書き始めたのだ。
そしてそのラブレターを、こともあろうにレイアに手渡し、「出しておくように」と命じた。
レイアはそのことにショックを受けながらも、冷静になろうと思った。
きちんと閉じられていなかったその手紙を閉じようと思った矢先、彼がどんな内容を書いているのか気になり、つい中身を読んだ。
ひどかった。
ひどすぎた。
その超大作ポエムとでも言うべきハイテンションの塊に、レイアは一気にそれまでの思いを吹っ飛ばした。それぐらいに破壊力のある、残念なポエムだった。
サフィアンはあれで、教養ある貴族として名を馳せている。成績優秀、眉目秀麗、とにかく何でもできる、素敵な貴族として有名だったのだ。
なのに、この仕上がり。
もしこれが世に出たら、一瞬で笑いものになる。
そう思ったレイアは、彼が言いたいであろうことを訳してみることにした。サフィアンの熱い思いで書き走った字は読めたものではなかったので、丁寧な字で書き直した。
しばらく考えて、これならば女性が受け取っても不快ではないだろうというクオリティになったので、レイアは封をし、それを送ることにした。
すぐにバレるはず。
そう思ったが、どうやらその貴族令嬢とサフィアンは、なかなか会うことができない状況にあるようで、手紙が何度も行ききした。
レイアは彼女からの手紙を受け取り、目を通した。
美しい文字で、サフィアンの言葉に一つ一つ丁寧に答えている様子に好感が持てた。正直、レイアはもうサフィアンのことを何とも思っていなかったので、お気の毒に、ぐらいに思っていた。
サフィアンの手紙は相変わらずひどいものだった。
もはや何が言いたいのかすらよくわからないが、とりあえず彼女のことを好きだということだけは辛うじてわかった。なので短い文面で、好きだという内容に書き直した。律儀に返す彼女には、これぐらいの方が気が楽なのではと思ったのだ。
どうやら手紙は功を奏したようで、彼女からの手紙の内容も徐々に好意的になっていった。
レイアは達成感のようなものを感じつつ、いつまでこれをすべきか悩んでいた。
そんなある日。
サフィアンがたまたま、別のスタッフに手紙を出すよう命じたというのを聞いた。
「どうなるのだろう?」と、レイアは思った。
まあ、いずれバレること。
愛が深まっていればこれぐらい問題ではないだろうし、ここでの仕事を辞めたいと思っていたレイアは、クビになってもいいと思った。
数日が過ぎ、馬車がやって来た。
サフィアンが喜び勇んで出ていくと、貴族令嬢は手紙を見せ、怒り始めた。
そして「こんなひどい手紙を寄越すなんて、私のことが嫌いになったのですか?」といったことを繰り返した。
サフィアンは戸惑い、必死に彼女をなだめようとするが、彼女は聞く耳をもたなかった。
そもそも、何故彼女がそんな風に怒るのか、サフィアンには意味がわからないようだった。
彼らは口論になり、そして「別れましょう」と彼女が言い放って、すべては終わった。
サフィアンはレイアに尋ねた。
「何がいけなかったのだろう?」
レイアは答えなかった。
サフィアンは、またレイアに優しい言葉をかけ始めたが、レイアは仕事を辞めることにした。
サフィアンはレイアを止めようとしたが、彼女が意思を曲げることはなかった。
「この仕事を辞めて、どうやって暮らしていくんだい?」
以前のレイアなら、彼の言葉に「そうだ」と思ったに違いない。
けれどレイアには、底知れぬ自信があった。
そうして彼女は、それまでの仕事を辞めた。
彼女は現在、物を書く仕事で生計を立て、自由に暮らしている。
<終わり>
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