31 刑事のタバコ休憩
「石さん。最近、忙し過ぎません?」
蒼正と純菜がデートをしているその日、警察署の野外喫煙所では山下が石坂に愚痴を言っていた。
「仕方が無いだろ。警察はどブラックだ。さっさと諦めろ」
「それにしてはですよ。毎日何件も小さな事件が立て続けなんて、初めてですよ。しかも解決しようが無いし。絶対に可笑しいですって」
現在この警察署には、捌き切れない量の事件が舞い込んでいる。どういう訳か夜中に緊急搬送される患者が続出しており、その聴取に警察署の全職員で対応しているが、減る所か増える一方なのだ。
「まだ殺人事件に発展してないだけマシだろ」
「あぁ~……V市の。アレって父親を殺した子供を捕まえて起訴したんだから、それで終わりじゃないですか?」
「それがな~……同期でそこに移動したヤツの話では、冤罪っぽいんだ」
「はい? 密室で誰も出入りして無いのに? 息子の手は血で染まってたんでしょ??」
「凶器が出て無いんだよ。血も生きているか確かめる為に揺すった時に付いたんだとか。そもそも拷問まがいの殺され方をされていたらしいんだ。なのに、誰も悲鳴らしき声を聞いて無いんだと」
「いや、でも、状況証拠はあるんだから……凶器も何処かに捨てたか隠してるんですよ」
「その思い込みが失敗の元だ。うちの管轄でも、最有力候補は全員否定しているだろ。思い込みでやると、無駄な仕事が増えるぞ」
この管轄の被害者は、全員寝ている時に大怪我をしている。そして犯人は目撃して顔見知りの犯行とも供述しているが、アリバイを調べるとほとんど犯行が不可能。
酷い場合は妻が隣で寝ているのに夫が血塗れになり、同僚に刺されたと供述する。警察としては「犯人は妻の一択だろ?」と捜査をするが、被害者にも被疑者にも否定されるので迷宮入りとなっている。
勿論、口裏合わせの可能性があるが、どの事件も凶器が出無いし、殴ったと言われた加害者の手も綺麗過ぎるから、決め手に欠けるのだ。
「ここだけの話だが、似たような事件が日本中で起こっているらしいぞ」
「え……ニュースでも発表されて無いじゃ無いですか?」
「上が意図的に発表して無いんだよ。基本的に喧嘩の範囲内だし、一件も立件出来る見込みが無いからな」
「これだから警察は……」
「お前も警察の一員だからな?」
山下は怒りの表情を浮かべたが、石坂にツッコまれてヘラヘラした顔に変わるのであった。
「てか、これが全国的にって……大事件なんじゃ無いですか?」
これほどやり甲斐が無く、仕事の捗らない事件にやる気を見出したい山下。
「大事件って……組織的犯行とでも言いたいのか?」
「はい。例えばですよ。家に押し入った賊が被害者に、加害者は別に居ると暗示を掛けて回っているとか。そいつらが数人単位で都道府県に潜伏しているとか」
「動機は?」
「えっと……他国の工作員ならアリじゃないですか? テロで国力を削ぐとか?」
「うちの管轄の被害者は?」
「学生、会社員、主婦、公務員、政治家、高齢者、反社……」
「俺なら真っ先に与党の政治家と官僚の上層部を狙う。後、警察庁長官と警視総監……」
「ですよね~……って、サラッと誰狙ってるんですか」
ここまで被害者がバラバラでは、組織的犯行の線も薄い。石坂の殺意は濃いと山下は笑ってるけど。
「じゃあ……そういう病気とか? ウィルス説なんかどうですか? 宇宙人がやってるなんてのも面白いですね」
「面白いで片付けるな。被害者が居るんだから、少なくとも人間の仕業に決まってるだろ」
「えぇ~。都市伝説好きなんですよね~」
警察の人間が都市伝説で片付けようとするので、石坂は鋭い目を山下に向けた。
「じょ、冗談ですよ。ちなみに石さんの見立ては……?」
「サッパリ分からん」
「少しは予想的な物はあるんでしょ? それだけでも!」
石坂の目を躱そうと、山下は手を合わせて話も逸らす。
「予想と言われてもな~……第一加害者が何か知っているとしか言え無いな」
「第一加害者と言うと……V市の?」
「違う。もっと前に、一緒に会いに行っただろ?」
「俺達が会ったと言うと……すんません。最近、人と会いまくったから忘れました」
「チッ……クレーム対策に会った女子高生だ」
「あの子が!?」
山下は驚いた後は、冷静にその当時の事を思い出す。
「でも、アレって事件性は無いと言ってたじゃ無いですか? 女子高生も大した反応無かったでしょ?」
「その当時はそう思っていた。ただ、少年課が聞き取りをした少年の調書を見て、最近意見を変えた」
「そこには何が?」
タバコの煙を吐き出した石坂は、一気に事件の概要を説明する。
「五人の男子生徒が吉見蒼正と言う少年に両手両足を折られ、蹴られまくったと証言している。同日同時刻に犯行が行われたとなっていたから、少年課も相手にしていなかったがな。
ただ、その少し前に五十嵐海斗と言う生徒も吉見に襲われたらしいんだ。本人はプライドがあるのか通報はして無いんだがな。その五十嵐が襲われた日時が、堀口純菜に刺されたと言った榎本絵梨香と同じなんだ」
石坂は吸っていたタバコを灰皿に押し当てると、新しいタバコに火を点けて続きを喋る。
「その後にも、同日同時刻に、複数の刺し傷がある少女が運ばれている。二度も似たような事件が同日同時刻に起こっているんだぞ? 疑いたくもなるってものだ」
「つまりは……交換傷害事件? は、出来無いか。へ? どうやったらそんな神業が出来るんですか??」
「共通している事は、イジメ被害者って所だ。そこからなら何か見えて来ないか?」
「イジメの被害者なら、復讐……復讐を請け負う組織か何かが有るって事ですね!」
「可能性の話だがな。それが全国チェーン店化なんかしていたら、世も末だぞ」
「あ……いや、そっちの方が有り得なく無いですか??」
「だから可能性の話だと言っただろ。仕事するぞ」
事件の予想を喋り終えた所で、石坂はまだ長いタバコを灰皿に押し付けて職場に戻り、山下は慌てて追い掛けるのであった。




