お似合い? のカップル
チリンチリン、涼やかな鈴の音が、扉を開く音と一緒に聞こえて来る。
少し暑くなってきた外と違い、冷房が弱く効いている店内は涼しく、入って来た客はほっとしたように息を吐いて、店内を見回して待ち合わせの相手を探す。
「おーい、ヤギオー、こっちこっち!」
「お、カエルオ、待たせたか? ごめんな、電車が遅れてさ」
良く日の当たる窓際の席に着き、器用に水かきのある手でホットコーヒーを飲んでいた緑色の体色の客が、カップを掲げるようにして声を掛けてくる。
その声に気付いた、ヤギオと呼ばれた頭に立派な巻角のある、白い体毛に包まれたすらっとした体つきの男性がその席へと向かい、対面に腰掛ける。
「電車が遅れたって何があったんだろうな?」
「ああ、なんでも如月駅でトラブルがあったんだって。あ、コーヒー頂戴、アイスで」
「へぇ、如月駅は良くトラブルがあるな」
「全くだよ、ほんと何とかして欲しいよな」
注文を取りに来た身長が2.424mはありそうな、白いワンピースを着た女性にコーヒーを注文し、トラブルが起こることで有名な如月駅経由だといつも電車が遅れることに愚痴るヤギオ。
遅延しやすいと分かっているなら、一本早く来れば良いと思うのだが。
「ぽぽぽ、ぽぽぽ」
「あ、どうも、ウェイトレスさん」
アイスコーヒーを持ってきてくれた女性にお礼を言って、一口飲んでふぅ、と息を吐くヤギオにカエルオもコーヒーを一口、口に含む。
「そう言えばさ、最近どうなんだ、彼女とは。付き合いだしてまだ一か月だっけ?」
「お、それ聞いちゃう? いやぁ、凄く積極的な子でさ。デートの度に、俺にべたべたくっついてきてさ、耳たぶを甘噛みしてきたりして可愛いのなんのって」
「へいへい、お熱いことで」
「人に聞いておいてなんだよー、そういうカエルオは最近どうなんだ?」
でろでろに蕩けた顔で惚気だすヤギオに、カエルオは聞くんじゃなかったか、と後悔する。
しかし、お前は、と聞かれればこちらもにやにやしただらしない顔になる。
「いやー、もう付き合いだして半年だし、そろそろ次のステップに進もうかなーって。今度、彼女のご両親に会いに行こうかって話をしてるんだ。日本酒が好きらしいから、それを手土産にしてさ」
「へー! もうそこまで話が進んでるのか。結婚式には呼んでくれよ? 友人代表として黒歴史をいっぱいスピーチで話してやるからさ。でも、いいなぁ、結婚か、いつか俺も彼女と……」
「おいおい、辞めてくれよな。まぁ、式には呼ばせて貰うけど、まだまだ先の話だぜ? まずはご両親に交際を認めて貰わないとだし。古くから続く家で、古事記とか日本書紀にもご先祖の名前が出てるって話だから、俺みたいなのが認めて貰えるかどうか」
親友がもうそこまで関係が進んでいるのかと驚きながらも、冗談まじりに羨ましがるヤギオに、カエルオは苦笑いをする。
長い歴史のある家に、自分のようなぽっと出の男が認めて貰えるかどうか、不安なのだ。
「カエルオなら大丈夫だよ、俺が保証する」
「ヤギオ……ありがとうな。直ぐに認めて貰えなくても、認めて貰えるように頑張るよ」
横に長い瞳孔をしたヤギオとまんまるな瞳孔をしたカエルオが穏やかに見つめ合う。
お調子者なところのあるヤギオとしっかりした性格のカエルオ、正反対な性格をした二人だが、だからこそウマがあうのか長い付き合いになっており、二人は熱い友情で結ばれていた。
と、その二人の空気を壊すかのように、入り口の鈴が鳴り一人の女性客が入店してくる。
緑色の肌をしていて背中にはとげとげが生えている、口元からは可愛らしく八重歯が二本飛び出していて、真っ赤な大きな目をした彼女は、ヤギオとカエルオのテーブルへとぴょんぴょんと跳ねるように近づいていった。
「やっだー、ヤギオくんじゃない! 偶然だね! もしかしてカエルオくんとデート?」
「チュパカブラ子ちゃん!? びっくりしたーって、君みたいな素敵な彼女がいるのに、他の奴、しかも男とデートなんてするわけないだろ?」
「キャハハ、知ってたー! えっと、今日は二人で遊ぶ約束してたの? 良かったら私も混ぜて混ぜてー?」
ヤギオに後ろから抱き着いて、甘く耳朶に八重歯を立てるチュパカブラ子と呼ばれた女性のテンションに苦笑いを浮かべてカエルオはどうしたものかと思案する。
悪い子ではないのだが、テンションが高すぎてついていけないのだ。しかも、公衆の面前で憚ることなくイチャイチャしているのが目に毒である。
「いや、大した用でもないし、この後は特に用事もないから今日は俺は帰るよ、カエルオだけに」
「悪いな、カエルオ。埋め合わせは何かの形でするからさ。それじゃあ、またな?」
「ごめんねー、カエルオくん、ヤギオくん盗っちゃって」
「いやいや、いいよいいよ。それじゃ、お先に」
テーブルの上にある自分のコーヒーのレシートを持って席を立つのを見てすまなそうにするヤギオに手を振ってカエルオはレジへと向かう。
顔の半分は隠れそうな大きなマスクをして、赤いトレンチコートを着た綺麗な女性にお勘定をしてもらい店を出るカエルオ。
ふと振り返って店内を見るとヤギオとチュパカブラ子が楽しそうに話をしているのが見えた。
「楽しそうなんだけどなぁ……チュパカブラ子ちゃんのヤギオを見る目、どう見ても獲物を前にした捕食者の目にしか見えないんだよなぁ。ヤギオ、喰われないといいけど」
「あら、どなたがどなたに食べられてしまいますの?」
「わぁっ!? って、ツチノ子ちゃん?」
独り言に応える声に驚いて思わず垂直方向に5mジャンプしてしまうカエルオ。
着地して足元を見ると、小さな頭にそれに見合わぬ扁平ながらも大きな幅広の体、短くて小さな尻尾をしたカエルオの彼女であるツチノ子が、こちらを見上げてきていた。
「そんなに驚かれてしまうなんて、わたくし、悲しいですわ」
「あわわ、ごめんごめん、独り言をのつもりだったから返事されたのにびっくりしちゃって」
悲しそうに俯けば慌てて水かきの付いた手を振って謝るカエルオの必死な様子に、くすくすと笑いだすツチノ子。
その様子にほっとした様に息を吐くカエルオは、そっと彼女の身体に手を伸ばし、肩へと乗せる。
こうしないとずっと下を向いていないといけない為、話し辛いのだ。
「許してあげますわ。うふふ、ありがとうございます、カエルオさん。それで先ほどのお話ですけれど」
「どういたしまして、ツチノ子ちゃん。ああ、それは……あれを見て?」
照れて頬を赤らめながらお礼を言うツチノ子に笑顔を浮かべつつ、尋ねられれば先ほどまで自分がいた喫茶店の方を見て、あの二人の事と指し示す。
カエルオに言われるまま、そちらを見たツチノ子は二人に気付き、なるほど、と頷く。
「確かにあの可愛らしい方のヤギオさんを見る目は尋常ではありませんわね?」
「だろ? ちょっと心配でさ、ヤギオが喰われちゃうんじゃないかって」
「ですが、お付き合いされていらっしゃるのでしょう? でしたら、年頃の男女ですしそういう仲になるのはある意味、自然な流れではないですかしら……って、どうなさいました?」
まじまじと自分を見つめるカエルオに、ツチノ子は不思議そうにきょとんとした顔で首を傾げて見つめ返す。
「いやぁ、まさかツチノ子ちゃんからそんな台詞が出てくるなんて思わなくってさ」
「っ!? も、もうっ! カエルオさん、意地悪ですわ!!」
「あいたたたた、ごめんごめん」
真っ赤に頬を染めながら、短い尻尾でぺちぺちと背中を叩いてくるツチノ子にカエルオは笑いながら謝る。
大和撫子な彼女もそういうことを言うんだなと、新たな一面が見られて嬉しかったのだ。そしていつかは自分達も、と思ったところでジト目で見られていることに気付くカエルオ。
「何か、不埒なことを考えていらっしゃいませんこと?」
「不埒なことは考えてないよ。そう言えば、週末はツチノ子さんのご両親に会う日だよね。気に入って貰えるといいんだけど……」
「なら、宜しいですけれど。大丈夫ですわ、カエルオさんならきっと両親も気に入ってくれますし、二人の交際を認めてくれますわ」
「うん、そうだといいね……じゃなくて、そうなるように頑張らないと、だね」
少し自信なさげにしていたカエルオだったが、恋人の言葉に気合を入れる。そんな恋人をツチノ子は愛しそうな目で見つめていた。
「お土産に持っていくお酒も準備しないといけないよね。日本酒が好きって言ってたから、何がいいかな」
「そうですわね、両親は蟒蛇ですからお高くなくていいですから量のある方がいいですわ。お二人でひと樽あけてしまうこともありますし」
「そ、それは本当に凄いね。それじゃあ、ツチノ子さんのと合わせてふた樽持っていこうか」
「もうっ、私はそんなに飲みませんわよ!?」
怒ったように言いながら短い尻尾でぺちぺちと叩いてくるツチノ子に笑って謝りつつ、カエルオはのんびりと帰り道を歩き出す。
最後にちらっと喫茶店の方を見て、あの二人も上手くいけばいいな、と想いを馳せる。
そんなカエルオを、ツチノ子は優しい眼差しで見つめ、甘えるようにすりすりとカエルオの頬に頬を擦り付けていった。
暖かなオレンジ色の夕焼けが、寄り添い合う二人の影を長く伸ばし、まるで二人の幸せを見守るように優しい光で包み込んでいた。
二組の恋人達の未来に、幸多からんことを……。
カエルオ:フロッグマン(蛙男)と呼ばれるUMA。誠実な人柄が気に入られ、ツチノ子と結婚を前提としたお付き合いを認められる。
ヤギオ:ゴーントマン(山羊男)と呼ばれるUMA。お調子者だが恋人には一途。
チュパカブラ子:チュパカブラ。名前の意味は山羊の血を吸う者、というUMA。ギャル、独占欲が強い。
ツチノ子:ツチノコ。発見したら凄い賞金が貰える(?)日本のUMA。古事記や日本書紀にツチノコの前身と思われる存在の記載がある。大人しい箱入り娘だが、耳年増でムッツリスケベの気がある。
ウェイトレス:八尺様。日本の都市伝説。ぽぽぽ。惚れやすい上にストーカー気質。
レジの女性:口裂け女。日本の都市伝説。私綺麗? 花粉症になってしまい、マスクを外すことが出来なくなった。
如月駅:きさらぎ駅。日本の都市伝説。
ツチノ子の両親:蟒蛇。日本の妖怪。お酒が大好物。タバコが嫌い。カエルオを気に入り、ツチノ子の婚約者に決める。
満月イモリン:作者。日本の両生類、腹が赤い。UMAフィギュアを見てこの話を思いついた。SAN値が低い。