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むかし、まだ願いがかなったころ・入り組んだ迷路で・偽物の星を・賭けた勝負をしました。

 あれが欲しいと駄々をこねた。クリスマスツリーに飾る大きな星を。

 祖父母が甘やかすからと嫁の立場からある女は言った。節約を考えて買いだめをし、料理も毎日手作りでがんばっている女だが、娘はその手作りの料理を食べないのが不満だった。赤子の頃は市販のベビーフードにも頼らず、キャラクター物の食器など美観を備わせるために買わないよう心がけていたのに、食が細くなって食べ渋るようになった娘にいらだち、叱咤したところで大人の事情など通じるわけもなく、日々心をすり減らしてようやく食べたのがキャラクター物の加工食品であったことで、心が折れてしまった。だがそれ以降は吹っ切れて何でも食べてくれればいいと諦めた。美観を養うのも諦めた。幼い子どもは、味覚が鋭敏だからと気を使っていたのがすべて無駄だったように、偏食であったが娘はすくすくと成長した。そこまでは良かったのだ。子どもが成長すればいい。だが子どもが成長すれば別の問題が発生してしまった。偏食が治ってなんでも食べるようになった娘に、今度は娘の祖父母、つまり女から見れば義理の父母がジャンクフードやケーキやアイスなどの高カロリーな物を買い与えるようになったのだ。娘は祖父母によくなついた。だがそれは食に直結するからだ。餌付けとなんら変わらない。こちらは産後に体調に気を払い、必死に痩せた横で娘はばくばくとジャンクフードを食らう。祖父母に甘やかさないようにと夫に忠言するも、夫は事なかれ主義で子どもの頃は太ってもいいと考えているのか何も改善してくれない。相変わらず祖父母はケンタッキーを山盛り買ってきて、娘にたらふく食わせてくる。自分も勧められるが、出来るだけ脂肪分が少ないものを選んで一つだけ食べた。これを食べたら娘を連れて散歩に行かなければならない。だが祖父母は油でべたべたの手でチキンを食らう娘を膝に乗せたまま離そうとしない。今すぐに彼女の手を拭いて、散歩してカロリー消費を促さなければならないというのに。祖父母はずっと甘やかす。

 「なんでも好きな物を食べなさいね~」

 その魔法の言葉に強くうなずき、普段からだんだんと生意気になってきた娘を、これからも愛せるのだろうかと女は不安になっていた。その前提があっての娘が、クリスマスツリーの頂きに飾る大きな星をほしがってコストコから動かなくなった。買いだめをする必要があるので利用しているのに、ここでわがままを言い出すとなると帰れなくなってしまう。何時頃には家に帰り着いて、食事の準備をし、娘を寝かせてからのヨガの時間をとりたいのだがその予定がすべて崩れ去る。夫が休みの日にしか訪れない、週に一度あるかないかの休息の時間が、こんなところで崩れ去っていく。子育ての息抜きぐらいさせて欲しいのに、ままならないことにかっと怒りが頭に上った。

 「勝手にしなさい。もうママの子じゃありません」

 「もうしらない、ママしらない。いらない!」

 「ママだっていらない! パパとじーじとばーばのところに行けば!」

 大人の剣幕に驚き、娘はそこで泣き始めた。かんしゃくを起こし、こうなると手が着けられない。どれもこれも祖父母が甘やかして、そこにずぶずぶと浸かることを選んで、こちらの愛情にも気が付かない娘のせいで、もう頭にきたので私は帰ることにした。夫に車のキーを渡して、自分は歩いて帰るからと告げる。そんなの無理だ、と夫は言ったけれど、歩けば片道は一時間半くらいだ。歩けない距離である訳がない。私はカートを押してレジに付いても、まだ娘はわんわんと泣いていた。だがそれを無視して精算を済ませ、車に積むとあっという間に私は車から去る。ようやく自由になった。あんな星なんかにこだわる娘がばからしくて、泣きわめけばママは折れると思うのが透けて見えるのが腹が立つ。夫は車の運転が苦手だと言っていたが、なんでも私がやってあげたのも間違えたと人生を振り返った。こんな思いをするのなら、なんでもやってくれる夫を選べば良かったのに、どうして車の運転も義理の父母の相手も、娘の世話もすべて自分を頼って何もしようとしないのだろう。このまま彼は出世もせずに、会社でもぬるま湯に浸かっているのだろうか。そのまま何もせずに、年収を上げることも考えずにいくのだろうか。そんなことを寒風に当たりながら考えていると、鼻がつんと痛くなって涙があふれてきた。こんなに行き場のない怒りが沸くと思わなかった。このまま同じような日々が続きながら、フルタイムで働かなければならないのだろうか。ぞっとする。独身の気楽な時期に戻りたいとさえ思える。あんなにも娘が誕生したときに喜びに溢れたはずなのに、こんなに出口のない迷路のような日々を過ごすのなら、もう何もかもを放り投げてしまいたい。まだ私の願いは叶うかもしれない。女は寒風吹きすさぶ中で、急に機嫌が良くなってきた。そうだ。サンタクロースはよい子の願いを叶えてくれるのだから、女はもう子どもではないけれど、自分の力ですべてを決められるのだから。

まだ寒い風を受けているけれど、女は少しだけ自分の力で歩き出そうとしていた。

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