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神エ師  作者: 小笠原雅之
9/13

修羅道へ

尊堂が拒絶を示すまえに、美厨はさらに踏みこんだ。

麒麟児(チーリンア)があなたとの決着をつけたがっているのです」

麒麟児(チーリンア)だと……」

尊堂の色が一変した。

話に聞いていたとおり、それが本当にこの人の急所なんだな──

美厨は確信した。

「あなたもご承知のとおり、なぜ彼が重い腰をあげてまでこんなところまでやってきたのか……目的は私だけではなかったはずです」

「…………」

「あれは私の計画をおおよそ把握しているはずです。

私があなたを天下一神エ師大会に参加させようとしていたことも。

おそらくこれもご存知でしょうが、あれがこのたびの大会に参加の意向を公ににおわせていたのも……」

尊堂はその噂を知っていた。

もともと麒麟児(チーリンア)はその大会への参加経験が一回しかない。

初めての参加で優勝し、そこで獲得した天覧試合での挑戦権でみごと、皇帝の目前で最高の勝利を献上し、ただちに皇帝直属、国家最高級のエ師集団、神エ師団への入団を認められたからだ。

麒麟児(チーリンア)の才覚はそのときからあまりにも突出していた。

その神エ師団でも頭角をたちまちあらわし、皇帝の寵愛は宰相からたびたび苦言を奏上されるほどのものとなって、神エ師団の統率者──ひいては皇帝最愛の側近たる、国家の事実上の最高権力者になるのも早かった。

そのかがやかしい経歴は、尊堂ですらも認めざるをえなかった。

いや、尊堂が目指した最高峰だからこそ、認めなければならなかった。

そして、今は──。

〈逃げるな、追放者(イクスペルト)

尊堂は顔をしかめた。

その麒麟児(チーリンア)の言葉は、いまでも決して忘れようもない。

いつもいつも、この言葉が頭の中でリフレインされて、かつて彼と同じ壇に立つはずだった尊堂の心をむしばんでいく。

「……やるしか、ねェのか」

その憎悪は、はたして麒麟児(チーリンア)だけに向けられたものだったか。

「ご理解していただけましたか……」

美厨はおそるおそるたずねた。

なにしろ、美厨の想像を超えた威圧を、麒麟児(チーリンア)の名前を出したときからとつじょ感じたからだ。

やはり、この人は──。

この人に、賭けるしかない。

さもなくば……。

美厨は、一枚の紙を手渡した。

「これは……」

尊堂はいっしゅん目を丸くした。

金額の書かれていない小切手。

支払人はクリナ・プルケラ。

美厨氏の資産管理会社だ。

尊堂の記憶では、たしかその社長は美厨総帥の子女だったはず。

「まずは、その一枚をさしあげます」

そして、さらに同じ小切手を見せて、

「大会に優勝して天覧試合の前にさらに一枚……」

次にとりだしたのは、尊堂もさすがにたじろく代物だった。

「これをお持ちください。あなたには必要なはずです」

「これは……」

一本のエ師用のペン。

尊堂は一目でその正体をみやぶった。

禅師(ゼンマスター)にしてエの祖師ファウンダー仨仁仇什(サーゼンチウシ)の手による伝説の神具、地能筆(ダナンビ)

その本来の所有者は、美厨財閥総帥にして、国家六宰相の一、夏官大司馬・美厨那勝のはず。

「……無断で持ち出したな?」

「はい」

美厨は、なんのためらいもなく答える。

覚悟を決めている。

尊堂は確信した。

「もしバレたら死刑ものだな」

「すでにバレているでしょう。

もう私の運命は二択しかないのです。

生きるか死ぬか。

それはあなたもすでに同じこと──」

「…………」

尊堂は、深いため息をついた。

すこし長い沈黙ののちに。

「やるしか、ねェ……か」

ようやく出した答えは、苦々しいものだった。

〈逃げるな、追放者(イクスペルト)

ふたたび、麒麟児(チーリンア)の声。

「やっていただけますね」

美厨の言葉は、すでに契約への同意を求めるものではなかった。

それはかつてのように、修羅道に旅立つときがきたことを知らせる合図だった。


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