隗始
尊堂の偽名にして、天下一神エ師大会──本来の大会名は、禅士選挙──登録名、隗始。
衣装もまるで山出しの若い参加者のように垢抜けず、かといって目立たないように慎重に選んだ。
なにしろ、当局から目をつけられるとよろしくない。
尊堂はもとは皇帝の親衛隊の一員であり、裏の社会でもかなり名前の通った存在で、それはとうぜん、当局からも要注意人物としてマークされている。
変装技術については尊堂も多少はこころえていたが、依頼人を通した財閥の財力と技術力と人脈もあって、とくになんら支障もなく大会参加することができた。
「いや、そんなはずはない」
尊堂は美厨に警告した。
「俺が参加できたのは、当局が俺を泳がせてるからだろう。腹立たしいことだが、麒麟児の意向も入ってるだろうな」
「それはわかってます」
美厨はむっとして答えた。
「しかし、最終目的までは見破られていないはずです」
「いっとくが、あんたらのその最終目的とやらまでは承認した覚えはないからな。
あくまで麒麟児が俺の最終目的だ。
ターゲットにはぜんぜん興味がない」
「わかってます」
美厨はなだめるように。
「まずはその因縁の対手と決着をつけてください。どうせターゲットとやりあうときは、そいつとも決戦しなきゃいけないでしょうから」
「念押しは何度でもする性格だからな。話を聞かない依頼人がひじょうに多い」
「念押しならばこちらからも。大会には優勝できるんでしょうね……」
「おいおい、さすがにそれは失礼じゃないか?
あんたらの最終目的のために選抜したんじゃないのか」
尊堂は鼻を鳴らす。
「それはそうですけど……ただならない不安があるんです。麒麟児がはたして、そんな簡単に通してくれるかどうか……」
「ヤツが飼っている刺客がやってくることは確実だろうな」
「刺客……」
「事故にみせかけて始末すると。まあ、ヤツはそういうことも暗黙の勅命でやってきたプロフェッショナルだ」
「すると大会に参加しているのも……」
「試合対手の決定もそうだ。皇帝の意向とあれば、どんな国法でも書き換えられる。まして、こんな大会のルールなど、いくらでも思うがままだ。
|皇帝寵愛の虎賁中郎将サマ《麒麟児》となれば、皇帝の代紋を自由に持ち歩ける。
この大会は、俺をしとめるための舞台でしかない」
「…………」
美厨は予想こそはしていたが、いざ本物の殺し合いだと聞かされると、さすがに身体の震えを感じる。
ボンクラお姫さまと陰口を叩かれていたのも仕方がない、と思えるほど、このたびの計画は、自分の身の丈をはるかに超える難業だった。
すでに、身内から何人もの死者・行方不明者を出している。
父・美厨那勝とも事実上絶縁状態だ。
それでも美厨財閥の財布にアクセスできるのは、数少ない信頼できる身内の極秘の協力あってのことだ。
その身内も、いずれその協力が当局に知れて、処断されることだろう。
計画には、誰もが死を覚悟していた。
その計画のトップに立つ美厨帯がいまだに生きていられるのも、ただその生まれたときに受け継いだ美厨氏の血があってこそだ。
美厨の携帯端末に呼び出しが入る。
「はい、待命公司」
美厨帯の偽名だ。
いくどか返事をしたあと、
「……わかりました、上に伝えておきます。それでは」
美厨は尊堂に向かって、
「試合の表がわかりました。あなたの第一の対手は、維欽托利。
外国の英雄の名を称する素性不明の人物です。」