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神エ師  作者: 小笠原雅之
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スリードロウ

尊堂が天下一神エ師大会に参加するのは、いったい何年ぶりだろうか。

はじめて参加したときのことは、じつのところ、よく覚えていない。

というのも、尊堂にとってそれは、御前試合のための前座でしかなかったからだ。


麒麟児(チーリンア)の再来。

それが初参加で優勝し、御前試合もまた皇帝に勝利を捧げたある新参エ師に与えられた呼び名だった。

その試合には、当人の麒麟児も皇帝の側背で観戦していた。

「いかに、いかに」

対手の虎賁(こほん)隊員を5分35秒で敗北を舐めさせた若いエ師をみて、皇帝は後ろをふりかえって問いかける。

虎賁(こほん)中郎将(ちゅうろうしょう)麒麟児は、いつもは無表情の口の端をすこしく上げて、

「見込みがあります」

皇帝はよろこび、さっそくその新たな勝利者を玉座の前に呼びよせ、臣下の礼をとらせた。


尊堂はそのときのことも、じつをいうと、たった一人をのぞいて、よく覚えていない。

皇帝には興味がなかった。

ただ、その後ろにひかえてこちらに目を光らせている、神エ師にだけ意をそそいでいた。

目標(あこがれ)──。

幼いころからエの厳しい修行に耐えてこられたのも、まさにこのエ師に出会ったからだった。

あのときの、心をかんぜんに奪われた、龍虎のエ。

それだけは今でも鮮明に思い出せる。


それまでエは色をふんだんにつかって、絢爛豪華(カレイドスコーピック)描写(ドロー)するのが最善手だと思っていた。

色彩こそエの真骨頂、線画などただの下描き(踏み台)にすぎない──。

「はたして、そうかな」

その両のこめかみから金の角を生やした長髪の標的(ヤツ)は不敵に微笑んだ。

対手となるエ師寺の維那(いの)の講釈に冷や水を浴びせる笑いだ。

維那の怒りの赤を主とした、色彩豊かな鳳凰画に対し、その標的(ヤツ)の描いたのは、黒単色の龍、そして虎。

それを、ただの三筆(スリードロウ)で。


結果は、唖然とするほどの、鎧袖一触で終わった。

その赤い不死鳥が、自分の心まで染められそうな邪悪の墨に浸されて墜落していくさまは、その寺で小僧をしていた尊堂の生涯忘れられない記憶となった。

あのうざったらしく、そして寺でも腕利きと評判の神エ師維那の不滅の神鳥。

それが、あんな退廃した都からやってきた、すかした標的(ヤツ)落描き(スリードロウ)に……。


そのときから、その標的(ヤツ)は、尊堂にとっての目標(あこがれ)になったのだ。

それが、いまでは標的(カタキ)に……。

人生無常ゼアズ・ノー・エターニティ・イン・ライフってやつか……」

寺で何度も聞かされたそのゼン語をつぶやきながら。


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