振り向いてよ、みさお
「先輩聞いてますぅ? さっきからおんなじ相槌ばっかついてぇ」
「はいはい。聞いてるって」
「“はい”が一回多いんですけどぉ」
下駄を鳴らした時と同じ軽い音色がショットグラスの内側から砕けた。小さな琥珀の湖に浮かぶミラーボールは溶けてかかっているが、バーの照明でより一層七色に輝いている。
不揃いなプリズムの破片がみさおの瞳に入り込む。ヘーゼルナッツ色のアーモンド型の目。僕を射抜いて離さない眼差し。涙でしとどに濡れた睫毛が僕の隙を誘発している。
「先輩はぁいっつもそう! “いい人”の受け答えしかしなくてぇ、当たり障りないアドバイスばっかなんだからぁ」
「正論を言ったらみさおが怒るからだろ。本音で言っていいならいくらでも言ってやるよ」
「いわなくていいっ」
みさおが駄々こねる子供のように口を突き出す。不貞腐れるように突っ伏した後輩を横目に、カシスソーダを流し込んだ。喉を通り抜ける炭酸が爽やかだが、まったく気持ちが晴れることはない。
(大体「どっちも迷って選べないから両方頼んでもいいですか?」なんて言うから頼んだのに)
アプリコット・フィズを飲み切った当の本人は、可愛げもない度数の高い酒に酔いしれている。鮮やかな口紅が飾られたグラスを受け取った時の僕の気持ちなんか、君は知りもしないだろう。
「また振られたのか。今回は何か月続いたんだ?」
「二週間」
「おめでとう。最短レコード更新だ」
「嬉しくない!」
カウンターに頭を預けたまま、みさおがこちらへと振り向く。
誰かのために巻いた髪が揺れて、誰かのために選んだ香水が僕の鼻を刺激する。
一度たりとも僕に向けられたことのない、こそばゆい恋の香りが胸を痛みつけていく。
僕は愚かで単純な男だ。誰が好いた女の恋愛話なんか聞きたいか。思い出に溢れた失恋話を聞きたいか。
それでも君に頼られると無下に断ることができない。
そろそろ気付いてよ、みさお。君が飲み干したアプリコット・フィズの意味を。