リハーサル当日(歌唱)
「あーあー、歌います」
準備が終わったようで、キキが実際に歌い始める。歌い始めた瞬間に本物であることが、スターであることが一瞬でわかった。透き通るような、そして感情の乗り移った声。これほど美しい声は初めて聞いた。見た目では普通の女の子のように見えるが、とんでもない武器を持っているんだな。さすが、世界の歌姫との名称は伊達ではない。
そして胸元に光るのは赤い宝石。大きな宝石がキラキラと輝いていて、よく似合う。あれがサクラの秘宝だろう。周囲には、畏まった格好をした大男も待機している。宝石の警備員だろうか? 冒険者という風貌ではないので、おそらくそうだろう。
周囲を見渡すと、他の冒険者達も聞き入っているようだ。じっと見つめる者達の中にはエッジとアンもいた。大丈夫か、あいつら。ちゃんと警戒を続けてくれるといいのだが。
今度はアップテンポな曲だ。キキは踊りながら歌い始める。踊りながらでも声は乱れずに聞こえている。時々小声で何かを確認していたりする音も入っているので口パクではなさそうだ。
「すいません、ちょっと止めてください。この曲の時なんですけど、もう少し音量を大き区してもらっていいですか? ダンスミュージックなのでテンションが上がるようにしたいです。あ、そんな感じでオッケーです。あと、照明の方も派手な感じでお願いします。明るめでキラキラとした感じで」
一曲一曲声のトーンや立ち位置、振り付け、照明や音楽といった細かいことを確認しながら調整している。
「この曲はバラードなので静かな感じでお願いします、で……」
「はい、では皆様、見回りの場所をお話しますのでついて来ていただけますか?2人1組でペアとして見回りしてもらいます。広いので自身の立ち位置を間違えないようにしてください」
キキの曲を聞いている途中だったが、担当者が戻ってきたので説明再開である。俺達は担当者の後をついて、ライブ会場の周りを歩く。2人ずつ名前を呼ばれていき、担当領域を確認する形だ。
「えー次はここですが、ライエル様とカミト様。いらっしゃいますか?」
俺達は前に出る。
「お二人ですね。あなたがたの担当領域はここからです。忘れないように記憶しておいてください」
担当領域は特別目立ったところもない、客席の一部分だ。唯一の特徴で言えばスタッフの休憩室があることくらいか。
「この休憩室は照明担当や音声担当などが使用する予定です。皆様は使わないようにお願いします」
休憩はなしということだな。まあ歩いて見守るだけの仕事だ。仕方がない。その後の割り振りは続き、会場を一周して元の位置に戻ってきた。
「分担は以上です。では、実践に即した練習を行いますので皆様はご自身が担当する場所についてください。ライブ会場の一部分で暴れ出す観客が出てきたという設定にします。その場所の担当者と周辺の方は確保に、離れている方は周囲の警戒をお願いします。暴れ出す観客が出ると連鎖的に事件が起きることがありますので。よろしくお願いします」
俺とライエルは既定の場所に着く。
「暴動とかあるのかねえ…… イメージが全く湧かないが」
「酒を飲んで暴れる奴とかがいるらしいぞ。後は痴漢とかナンパみたいな女性絡みのトラブルもよくあると聞くな」
「ああ、まあ確かにこういうイベント会場だと気が大きくなるやつもいるか。そういう意味だと始まる前と後が疲れそうだな」
「そうだな。さすがにライブ中は何もないと思うぞ。みんなキキの歌に夢中だろうしな。お、始まったかな?」
反対側の観客席で、全身黒ずくめの怪しい男が酒瓶を振り回している姿が見える。そこに警備担当の冒険者達が集まっていく。いつもの魔物退治とは違い、他の観客を傷つけない、繊細な対応が求められるため難しい面もあるだろう。こんなところで大技の魔法を披露するわけにもいかないからな。少しずつ輪を縮め、不審者を囲んでいく冒険者達。1人が声を張り上げ、主導しているようだ。チーム内でもリーダーを担当しているのだろう。
「おい、こっちにも来たぞ」
ライエルの声で振り向くと、近くに酔っ払って物を投げる男がいる。既に近くの冒険者が向かっているが、俺達も合流する必要がある距離だ。
「魔法は危険だから使用するな! 逃がさないように距離を詰めていくぞ!」
1人の指示に従い、少しずつ距離を縮めていく。逃げていく様子がないので周囲を取り囲むようなフォーメーションは取っていない。と、男は急に後ろを向き走って逃げ出した。
「今だ! 取り押さえろ!」
全員が男に向かって殺到する。俺も一応は向かっていくが…… 面倒なので少し手を抜いた。誰かが捕まえてくれるだろう、と思っていたら…… まず飛びかかったのはライエルだ。見事に制圧される。
「はい、全箇所無事に終わったようですね。当日もそのような形でお願いします。今の訓練で不明な点があれば遠慮なく尋ねてください」
拡声器を使って担当者が話を終える。さて、帰るか。そう思った瞬間、会場が暗転した。




