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第八話

 

 修太郎君は花に囲まれた墓石の下に眠っていた。

 ある朝、起きてこない修太郎君を不思議に思ったピア様が、寝台の上で冷たくなった修太郎君を見つけた。眠ったまま、穏やかな顔だったという。

 たくさんの魔道具を作るため、魔力を使い過ぎた修太郎君は、とても衰弱していた。北の国を旅立つ時、見ていられない程だった。


 修太郎君は、五十四歳でその目を閉じた。

 生きたとも言えるし、早過ぎたとも言えるし、なんだか実感が湧かなかった。


「これを」


 お腹の大きいピア様が私に手紙を渡してきた。二人目のお子様だ。ピア様は結婚してから修太郎君と二世帯(というか、お屋敷だけど)で暮らしていた。

 ピア様のお母様とは会ったことはない。話も聞いたことがない。……二人が話さないものを探らずとも良いと思う。


 手紙には「テアへ」、そして日本語で『文代おばさんへ』と二段で宛名が書いてあった。


 読んで、考えて、読んで……、ピクリとも動かなくなった私の肩をサムリがそっと抱いてくれた。


 気が付いたら泣いていた。

 なんの涙か分からない。

 悲しみ? 寂しさ? 喪失感?

 違う。


 これは怒りだ。


 人間にはどうにも出来ない大きな力にねじ伏せられる形で受けた理不尽に対して、腹の底から怒りが湧き上がっていた。


 あの日、唯がこの世界に落ちなければ。

 あの日、修太郎君がこの世界に落ちなければ。


 二人は寄り添って穏やかに暮らしただろう。


 修太郎君が『魔術師シュウ』としてこの世界に落ちてこなければ、黒の森から溢れた魔物たちを抑え切れずに人の世は終わっていたかも知れない。


 だからなんだ?


 修太郎君が見た未来には三つ目がある。

 唯がこの世界で産んだ子が黒の森を解き放つ力を持つ……だからって、それがどうした!?


『唯は苦労はあっても幸せに生きるよ。

 だから、魔道具の配置を完成させてください。未来の唯と唯の子のために。』


 そう結ばれた手紙を思わず握りつぶした。


 ばかたれが……っ!!

 唯は、たとえ違う人を愛して結婚したとしても、修太郎君の犠牲の上でなど喜ぶはずがない!!

 散々言ってきたのに、最期まで人の話を聞かないでいってしまった。


「ピア様」


 私が小さく呼ぶと、ピア様は頷いた。


「テア、あなたの天恵はしっかり発動したわ。……心からの感謝をあなたに」


 私の天恵、それは魂を仮死にすること。

 身体は朽ちても、魂を死出の旅路に見送らず、思い入れの深い物に眠らせて留め置くことが出来るというものだ。


 気が付いたのは、近所のじいさんが亡くなる時だった。

 皆で見送ろうと見守っていた。妻を亡くしてから父一人娘一人で暮らしていたが、娘が遠方に嫁ぎ、一人暮らしのじいさんだった。

 娘に一言残したいと今際(いまわ)に言ったじいさんに、私は「なら、もうちょい頑張って自分で言いなよ」と励ました。

 じいさんの身体が淡く光った。何事かと思っていたら、じいさんは静かに息を引き取った。


 しばらくして、娘さんが駆けつけ、物言わぬじいさんと対面した。その時、じいさんの棺桶に入れていた形見の一つが光った。


 おぼろげにじいさんの形を取り、「いつまでも愛しているよ。私の娘」そう言って微笑んだ。少しの間、二人は言葉を交わしていたが、やがてじいさんの姿が薄くなっていった。


「テア、これはおぬしの天恵じゃよ。()が思い入れのある品の中で休むようじゃ……ありがとう」


 そう言ってじいさんは消えた。じいさんがずっと着けていた妻とお揃いだと言っていた腕輪も、もう光っていなかった。


 その場にいた皆には口止めをした。そもそも、天恵は悪用される恐れから公表しないことも多い。皆頷いてくれた。


 私はピア様にだけこのことを告げ、修太郎君には言わなかった。


 この力は修太郎君に使うことになると、修太郎君のために授かった力だと、不思議と感じていたからだ。

 もし、修太郎君が私のこの力を知れば、自分にかからないようにどうにか防御してしまう気がした。

 修太郎君にはあらかじめ気付かれないように天恵を仕掛けた。


 きちんと唯に、思いをぶつけなさい。

 成就しなくても、あなたは唯にとって、そっと消えていい人ではない。

 自己犠牲の権化の思い通りになど、させない。


 おばさんは、あなたに怒っている。


 ……あなたを『あなた』にしてしまった不甲斐ない大人の一人である自分に、一番怒っている。


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