第七話
十五歳を迎え、次に父様が行商から帰ったら、今度は母様と私も一緒に出ることになった。家族で行商し、経験を積み、やがて父様の跡を継ぐ。黒の森をぐるりと回る行商は、修太郎君の魔術の準備にも必要不可欠なことだった。
とうとう、黒の森を解き放つ準備が具体的に始まる。そう思っていたのだけど、北の国を揺るがす大事件が起こり、行商はしばらく中止となった。
第一王女のリリヤ様が行方不明となったのである。
十八歳となられ、近々婚姻式を挙げられる予定だった殿下が、ある日突然いなくなったのだ。
誰がどんなに探しても、魔術師シュウ様がどんな魔術を編んでも、殿下の存在は摑めなかった。
まるで、この世界から消えてしまったように。
聞き覚えのありすぎる現象。
修太郎君は、自分が落ちてきた時と状況に共通点があると王宮に訴えた。
だが、国は修太郎君を疑った。
リリヤ様は、なんというか、修太郎君にゾッコンだったからである。
……父親よりも年上なのに、割とガチなゾッコン具合は王宮で知らない者はいなかったという。
王位継承者として、女王陛下や大臣たちが選定した婚約者との婚姻を受け入れてはいた殿下だが、土壇場になって魔術師シュウとの縁に縋るため、姿を眩ましたと思われた。それを手助けしたのが、他でもない修太郎君というワケだ。
まあ、とばっちりである。
あまりに痕跡がないため、ここまで綺麗に魔術跡を消せるのは修太郎君くらいだろうという消去法と、修太郎君が子をもうけても尚、結婚していないことが、疑われた原因となった。
修太郎君は王女殿下に健気に身を捧げてると思われてしまったのである。同い年の娘がいるというのに。
……ピア様がまた笑い転げていそうだわ。
王女殿下の捜索のため、北の国は半鎖国状態となってしまい、行商に出たくても出られなくなってしまった。入国は出来るが、出国出来ないのである。
修太郎君も王女殿下の捜索に時間を取られて身動きが取れなくなっていた。
国の至る所に王女殿下の捜索隊が派遣され、どんなに小さくても痕跡がないか確かめていった。
この町にも派遣隊が来た。
私はその派遣隊の一人、三つ年上のサムリと恋に落ちた。あっと言う間にスコンと。
証拠はない。確信もない。
姿形に似通った所は何一つ無い。
それでも、あ、もー君だ、と思った。
私がここにいる。私を覚えている私がここにいる以上、もー君が絶対この世界に生まれないなんて言えない。
修太郎君が落ちて来たように、唯が落ちて来るように、この世界はあちらと意外と密接なのかも知れない。
サムリは口数は少ないが、朗らかな雰囲気をまとう落ち着いた青年だった。
たまたま、サムリと話している時に修太郎君がこの町を訪れたけど、もー君にそっくりな修太郎君を見ても、サムリは無反応、というか通常の魔術師シュウ様への対応以外、何も言わなかった。ということは、たとえ本当にもー君の生まれ変わりだとしても、前世を覚えてはいない。
それはただの別人だと思った。
なのに、トゥンと、心のど真ん中をあっさり射貫かれてしまうなんて、我ながらチョロいなぁと思う。
サムリと付き合うことになり、とんとん拍子に結婚が決まった。
その頃、王女殿下の捜索は打ち切られ、失踪による王位継承権の失効が宣言された。
女王陛下の第二子である王子殿下が世継ぎに指名され、北の国の半鎖国は解除された。実に二年ぶりのことだった。
私は王宮勤めを辞したサムリと結婚し、家族皆でしばらくぶりの行商に出たのが十七の時。
行商と並行して、黒の森沿いにある物を埋める。
それが修太郎君から依頼された内容だった。その数は……数えたくない。嘘、ちゃんと数えた。百一個もあった。
黒の森は丸い土地だけど、当たり前だがまん丸ではない。修太郎君は黒の森の上空を魔術で飛び(修太郎君しか出来ない魔術)、黒の森の形を正確に計測し地図におこした。黒の森の中心から東西南北四方位、更に細かく八方位、十六方位……倍々々の百二十八方位に一個ずつ埋めたいとのこと。誤差無くね。という修太郎君の笑顔付きである。
北の国の東、東の国の北にある荒れ地に関しては、別の人に頼んだと修太郎君は微笑んでいた。二十七個分、誰か分からないけどご愁傷様です。
黒の森境には町があることもあるけれど、人の入らない地として封じられていることも多く、修太郎君に指定されたポイントを探しては、魔物と戦いながら修太郎君に渡された物を埋めていった。修太郎君が作った地図は、埋めるポイントに近付くと淡く光り、その場所に立つとポイントが点滅するという優れものだった。こりゃ誤差無くいけるわ。
埋めるのは修太郎君の魔術を閉じ込めた魔道具。私の手のひらにのるくらいの小さな箱である。
父様や母様、もちろんサムリ、商隊の皆にも魔術師シュウ様の依頼であることを周知している。この先の遠くない未来、また黒の森から魔物たちが溢れる。その時の対策として埋めているのだと、しっかり認知している。
魔術師シュウ様のいなくなった未来かもしれないことも。
いつもの行商と違って、黒の森境、古の女神が黒の森との境界に植えたと言われているライーカの樹まで行かなければならない。黒の森は中央に向かえば向かうだけ強い魔物が跋扈しているので、通常であれば避ける道を、あえて選んで行かなければならない。
強い冒険者を護衛に雇い、ポイントを探索しながら魔道具を埋めては命からがら逃げる日々。
通常の行程だと北の国を出てから東の国で折り返して一年、長くて二年程度の行程が、二年経っても北の国から三つ目の南西の国に私たちはいた。東の国まで半分いったかいってないかの位置である。
そこで、ピア様からの伝書が魔術によって届けられた。
チチ ネムル イチド モドレ
感情が一切ない短文だった。