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第五話

 

 この世界に落ちてきた修太郎君は、この国を救った。


 ……魔物との戦いの生々しい記憶は、修太郎君の心を深く傷付け、今も癒えてはいない。

 平和な現代日本に生きてきた修太郎君にとって、地獄と大差なかっただろう。


 復興に向かうこの国で生きて行く中で、修太郎君は元の世界に戻る道を探した。

 様々な魔術を編み出す最中、ある時、修太郎君は未来を視た。


 未来視と呼ばれる天恵(スキル)が目覚めたのだ。


 天恵とは、魔力や魔術とは異なるその人だけの能力。神から与えられた力とも言われている。生まれながらに天恵を持つ人もいれば、ある日突然目覚める人もいる。自分の天恵に一生気が付かない人もいる。


 未来視や予言は割と一般的な天恵だ。ただ、その頻度や範囲は個人差が激しい。


 その力で視た未来。

 未来とは、希望と共にある言葉だと思っていた。

 修太郎君の『未来』は絶望と共にあった。


 修太郎君の視た未来……寮からコンビニにふらりと向かった唯は、三十年以上先のこの世界に落ちる。


 ……あちらでどんなに修太郎君が探しても見つからないはずである。


 二十九歳の修太郎君が過去で、十七歳の唯が未来で。


 溢れる魔力と想像力で魔術を編む救国の魔術師になった修太郎君だが、捻れた時間を越えることは出来なかった。


 どうせ落ちてくるのなら一緒に落ちてくれば良かったのに。


 唯がこちらに落ちてくる時、修太郎君はとうに還暦を超えている年齢となる。

 また二人は会えるかもしれない。

 でも、その先の未来、修太郎君は唯と共に歩めない。


 記憶の中の修太郎君の慟哭が心に刺さった。


 聞いていられない……。

 目を逸らしたくても逸らせない慟哭の中、修太郎君は未来をもうひとつ視た。


 唯が落ちた数年後、今度は西の国で黒の森から魔物たちが溢れる。

 北の国での悪夢が今度は西の国で起こる。

 最前線には大人になった唯の姿。魔物たちと戦う、唯の姿があった。


『唯っ!!』


 思わず叫んで手を伸ばした。

 修太郎君の胸を突き飛ばす形になり、額から修太郎君の手が離れた途端に記憶も見えなくなった。


『……僕は、唯の力になりたい。唯が笑って生きていけるように』


 たとえそこに僕がいなくても。

 だから協力してね?


 そう言って、四十歳の成人男性が五歳の幼気(いたいけ)な少女を笑いながら脅迫した瞬間だった。

 溜め息を殺せずに、深く深く息を吐いた。


『……髪と目の色はどうしたの?』


『髪と目? ああ、魔術を使うようになって、段々とこの色になったんだ』


 日本人にしては元々色素が薄かったけれど、小百合さん方に外国人の血を継いでいると聞いたことがある。今では茶髪ではなく金髪と言っていいくらいの髪色と既に茶色ではない金の瞳をしていた。


『……修太郎君は唯と結婚して監禁しているかと思っていたのに……この世界に落ちて他の人と結婚したんだね』


 修太郎君の記憶は唯の未来を二つ見たところまでしか見ていない。

 その後の修太郎君の人生は見ていない。


『結婚はしていないよ。僕が望んだのは唯だけ。さっき一緒にいたあの子は確かに僕の娘だけど、母親とは、なんというか、ドライというか利害の一致というか……いや、そんなにドン引かないでよ』


 引くわ。

 唯、唯、言っていたのに。

 なんだ、ドライって。利害って。


『そういえば、もー君が言っていたわね。修太郎君は唯と結婚しなければ一生童貞か唯と心中だろうって。予想は外れたわね』


『……おばさん、その(なり)でそんなこと言わないでよ。なんか、めちゃくちゃ犯罪臭がする』


 修太郎君はギョっとしてからシュンとして、苦虫を噛んだような顔をした。


『……向こうにいたら、きっとそうだったと思うよ。唯は、向こうに帰ることなく、ここで結婚して……子どもを産んで……ここで眠るから……』


 修太郎君の目から大粒の涙が溢れ出した。


『そんな僕の娘がどうしてか唯にそっくりって、なんでだろう……神様は僕から唯を取り上げたのに、唯にそっくりな僕の娘って笑えないよ……よっぽど神様に嫌われているんだなって思うよ。……父親としてちゃんと接しているか、こんな歳になっても自信がないよ』


 膝をついて肩を落とし涙を流す修太郎君にかける言葉が見つからない。


 唯は、ここに落ちて来て、魔物と戦って、その前か後かは分からないけど、結婚して子どもを産んで、死ぬまでこの世界で生きる。それを修太郎君は視たのだろう。


 自分以外の男性と結婚する唯。

 ……マジで無理心中しそうだな!?


『まあ、血縁が無いわけじゃないんだから、似ていてもおかしくないでしょう。義治さんともー君の遺伝子が強いってことよ』


 私の言葉に、修太郎君はぽかんとして、やがて呟いた。


『僕は、唯と、血が繋がってるの?』


『そうね。義治さんともー君は兄弟だもの。血縁のある従兄弟ね』


『茂一おじさんが、お父さんの弟? ……そんなこと、一回も言わなかったじゃん』


『まあ、秘密結社だったから』


 秘密結社「仲の良いお隣さん」。……とてもとても懐かしいあの日々。

 修太郎君には、義治さんともー君がクソみたいな家庭からそれぞれ別のところに引き取られて育ったこと。縁を切った実家に居場所が知られるとトラブルになることが簡単に予想出来たため、仲の良いお隣さんの振りをして支え合っていたことを告げた。


『唯と、血が、繋がっている……うん、いける、いけるよ、おばさん』


 しばらく考え込んでいた修太郎君が、パッと顔を上げて微笑んだ。


 もー君によく似た顔で、もー君とは違う微笑み。

 ドキッとして、急に寂しくなった。

 もー君は、ここにはいない。


『おばさん、僕は唯のために、黒の森を時限的な封印じゃなくて、この先ずっと魔物たちが溢れないように完全に解き放ちたいんだ』


 唯がこの世界に落ちてくるまでに、その準備をしていると修太郎君は言った。

 そのために、自分の血を引いた子孫が必要だったとも。

 修太郎君は自分と唯に血の繋がりがあるならば、魔術をもっと効果的に編み直せると笑ったけど。


 そのために、子どもをもうけたということ?

 はあ? 出産は命懸けなんだぞ!?

 とりあえず、その心根が許せなかったから、ぶっ叩いておいた。


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