第二話
そんなことを思いながら、行商で不在の父の分も母が存分に愛情を注いでくれ、自分で言うのも何だが、私はスクスクと育った。
この国、特にこの町は、魔物たちとの激しい戦いからの復興途上である。
戦いの爪痕が未だに残るこの町では、地面を掘ると骨が出る。人のもの、動物のもの、魔物のもの。
それほどたくさんの命が亡くなった戦いがこの地であった。
私が生まれる十年前、黒の森から魔物たちが溢れ、あっという間に隣町を飲み込んだ。
この国と周辺国の総力を以て魔物たちと戦ったが、あまりの魔物の数に、人間の方がずっと不利で、人間の滅びを覚悟する程、過酷だったという。
それをひっくり返したのが、魔術師のシュウ様だ。
異世界からの落ち人であるその男性は、北の国の王宮に保護され、無尽蔵の魔力でこの世界にはない魔術を編み、黒の森から魔物たちが出て来られなくする結界を張った。
それによって、壊滅寸前だった人間側は息を吹き返した。魔物たちの残党退治だけとなり、やがて人間の町から魔物たちを殲滅した。
黒の森から魔物が溢れて五年が経っていた。
被害は甚大。
町一つ、黒の森にのまれた。
人の命、営み、歴史、全てが強制的に自然に還っていった。
それも自然と受け止めるには、大切なものを失い過ぎた。収束してからまだたったの十年である。
黒の森が溢れたのは十五年前、収束したのが十年前、私が生まれてから五年。
そう、私は、ピッチピチの五歳児。
文句は聞かない。
母様は、私が言葉をしゃべり出した頃から、話す内容が可愛くもない干からびたことを言うのには慣れっこだが、行商から帰って来る度に父様は「まるで母親と話しているようだ……」と、しょんぼりしている。
仕方ないでしょうよ。父様は二十五歳。母様は二十三歳。私は四十……プラス五歳。精神年齢は二人より大分上、まさに親世代なんだから。
気味悪がられても仕方がないというのに、父様も母様も周囲の人さえ、あっさりと「前世の記憶を持ったまま生まれてきたのかぁ。しかも異世界。難儀だなぁ」と受け入れてくれた。
不思議が溢れる世界の住民は、『理解不能』=『そういうもの』と寛容である。
また、こことは違う世界については、元々広く認知されていた。
というのも、この世界は色んなものが『落ちて』来るのである。
この世界は川で言えば下流にあたり、上流に位置する世界から色んなものが流れ落ちてくる。
物であったり生き物であったり、大抵は壊れているか死んだ状態で落ちて来るが、時々、物も生き物もそのまま落ちて来ることがある。
落ちて来たものは落ちた先の国の保護下に入り、この世界にとって害はないのか、または価値があるのか、一年くらいかけて判定されるらしい。
害があったらどうなるのか。そこは命の巡りが早いこの世界、お察しだろう。
魔術師のシュウ様は、珍しく大した傷もなく落ちて来た異世界人である。
名前の響きから元同郷かと興味を引いたが、暗い金髪に同じく暗い金色の瞳をした男性らしく、会ったことはないが少なくとも日本人では無さそうである。染めた髪にカラコンで落ちて来たとしても、そのままではいられないから、自前の色合いだろう。
シュウ様はこの国に害があるどころか、あっと言う間に様々な魔術を編み出し、黒の森の魔物たちを森から出ないように閉じ込めた。閉じ込められている間に魔物たちは落ち着き、シュウ様の魔術が解けた後も魔物たちが森から溢れることは今のところない。
黒の森から魔物たちが溢れる原因やどこの国で起こるか、また、その周期も不明である。
そして、それがいつまで続くかも不明でなのである。
数年で収束したのは奇跡とも言える幸運だった。
すべてはシュウ様のおかげであり、命を賭けて戦って眠りについた皆と、深く傷付く心を抱えながらも復興に尽くす大人たちのおかげである。
ええ、私はただの五歳児ですから。
何か?