第十話
唯は、ユイと名乗った。そのまんまじゃ。この国の人には発音しづらいだろうに。ひどい時には「ウゥウィ」ってヒップなポップさんバリの呼ばれ方をしていた。
あと二週間程でこの国を出たいが、働き先と同行者を探しているとのこと。
行き先は……決めていない? なのに、この国を出るって、どういうこと?
「あの、私、世界落ちるした人。悪いのない。良いのない。国の保護終わる、好きにする。この国出る言われた。でも仕事ない、魔力……ない、魔石もらった持ってる。言葉、分かる。文字、読める書ける、習った。国出るする仕事ほしい、一緒、お願いしたい」
この一週間、商隊を中心に職を当たったが全滅したとのこと。
……当たり前だ。落ち人という珍獣をあえて雇う者はいないだろうし、保護が終わって自由と唯は言うが、国の意図の本当のところは分からない。
更に魔力が無いとなれば、こちらが面倒を見る側になる。それを踏まえてあまりある何かしらの能力を示さなければ、雇われることはない。
地雷×面倒=近付かないに限る。
「わたし、シュリ、みる。シュリ、勉強する教える。計算得意。あと、ご飯作る、掃除する、出来る。それ仕事どうか? 給料、あまりいらない。国出て、どこか住む所、次の仕事見つけるするまで、短い間でも一緒してほしい」
シュリはユイの手を繋いで離さない。
ああ、交渉が上手だ。
商人としては雇ってもらえないと身に染みたのだろう。
シュリが懐いてくれているのも分かって言っている。
シュリの子守として、雑用係を兼ねて雇って欲しい、と。
ならば一考の余地はある。
私としては無条件で迎え入れたい。
けれど、それがこの商隊を犠牲にするのではダメだ。
サムリを見ると、少し考えていた。
きっと、唯本人だけではなく、国から落ち人として害はない、東の国として保護は終了したという公文書で確認したいところだろう。
下手をしたら落ち人様を誘拐した犯罪者にされてしまうから、公文書の発行は大事だわ。
「シュリ、どうしてその人を雇って欲しいと思ったんだい?」
サムリが静かにシュリに問いかけた。
シュリは唯と一緒に行きたい気持ちを抑えきれずに、早口でまくし立てた。
……懐いてんなぁ。
「僕、王都に入ってから時々ユイを見かけてたんだ。僕より少し上ぐらいの子が、必死に仕事を探していて、少し離れた所にお付きみたいな人もいるのに、何でだろうと思って。さっき、十五件目の働き口に断られた後、道の端に避けてしゃがみ込んじゃったから声をかけたの。ちょと気持ち悪くなっちゃったんだって。いつも一緒のお付きの人とは後で待ち合わせしているって言うから、僕しばらく一緒にいたんだけど、話を聞いたら、ユイって十八歳なんだって! 全然見えないよね! しかも、落ち人だって言うから、僕びっくりして、ユイの国の話を聞いてたら楽しくて! ユイの世界じゃお金出せば、皆空飛べるんだって! 北の魔術師様みたいだねぇ! ねえ、お父さん、お母さん、ユイと一緒に北の国に帰ろう? 何に使うかさっぱり分からなかった落ち物をユイに見てもらったら使い道が分かるかも知れないよ! それでね、なんで仕事を探しているかって聞いたら……」
シュリは途中で息継ぎを忘れて話し、息切れしながら続けた。
そして爆弾を落とした。
「それでね、結婚の約束した恋人が突然連絡取れなくなって、探したら見つけたんだけど、他の女と結婚するって行っちゃったんだって! 子どもがお腹にいるのにひどくない!? しかも保護が終わったらこの国を出るように言われちゃったんだって! だから……え、お父さん?」
シュリがサムリを凝視して言葉を止めた。
サムリが般若……は女の人か、なんと言えばいいのだろうか、悪鬼の中の悪鬼……、とりあえず、目線で命が取れる程、殺意溢れる顔をしていた。
え、誰に対して?
「サムリ?」
スンと真顔に戻ったサムリは、何事もなかったように言った。
「それはひどいね。落ち人として保護が終わった証明をまずはもらって来てから、面談をして商隊の皆との相性も見てみようか」
「ありがとう、ごじゃいます!」
唯が弾ける笑顔で頭を下げた。門前払いではなかったことが嬉しいのだろう。
ついてくれている侍女が有能らしく、文書はすぐに出してもらえるだろうと言うので、明日、同じ時間同じ場所で待ち合わせをした。
唯は、ビルケェ、ビルケェって叫びながら、待ち合わせ場所へと走って行った。
はわわわわ、妊婦が走るな! ビルケェビルケェって、なんの呪文だ?
……妊婦って、え、妊婦って。
『唯がこの世界で産んだ子が黒の森を解き放つ力を持つ』……って、修太郎君が視た三つ目の未来の話。
今、お腹にいる子ってこと? しかも、相手の男は唯を捨てて他の女を選んだって?
ゲス男か!?
『唯は苦労はあっても幸せに生きるよ』って、……本当だろうな!? 修太郎君!!