第一話
黒の森シリーズのお話です。
お読みになる前に、あらすじをご確認ください。m(_ _)m
失ったものと得たものと ~ 萱野 文代 ~ の文代が生まれ変わった先のお話です。
よろしくお願いいたします。
誤字を修正いたしました。
誤字報告、ありがとうございますm(_ _)m。
私の名前はテア。
黒の森の北にある国の商人一家に生まれた。
私の家は、黒の森をぐるりと反時計回りで行商し、黒の森の東の国で折り返し、今度は時計回りで北の国に帰るという行程を続けている一家だ。
ちょっと、いや、大分特殊だと思う。
東の国で折り返すのは、東の国の北側、北の国との間には人の生存が厳しい荒れ地が広がっているためだ。草ひとつ生えていないという大地には、国どころか村一つない。
竜で飛ぶのであれば越えることも可能だが、空に客はいないし、荒れ地を越えるためだけに竜を手配するのも大事となる。陸路での行程は不可能であるため、東の国で折り返すことになるのだ。
この荒れ地には、かつて繁栄した国があったと言われている。
けれども魔女が黒の森から魔物を連れて来て、たったの七日七晩で滅んだという。
以来、この大地は不毛の地で、汚れであり呪いであり、人はほとんど立ち入らない。
もしもこの荒れ地の通行が出来れば、黒の森を一周することが出来、行程がざっくり言うと半分に短縮出来る。しかしまあ、出来ないものは出来ないのである。
一度北の国を出ると、次に戻るのは一年以上かかり、長引くと数年という時もある。
遠洋漁船の乗組員か。
私が生まれたのも行商中で、全く覚えていないけれど、西の国というところで生まれたようだ。
母のお腹がはち切れそうになる頃から、生まれた私の首が据わるまでは西の国で商いをして、それから北の国に帰ったとのこと。
北の国に帰って来た父たちは、あまり間を置かずにまた行商に出た。赤子だった私は母とお留守番である。
古い記憶にある父はいつも後ろ姿で、母が泣きそうな顔で見送っている光景だ。
少し物事が分かる歳になると、母の表情の意味も理解出来た。
無事に帰る、というのが、この世界では当たり前ではないのだ。
なぜなら、この世界では人間は簡単に命を落とす。
この大陸のほぼ中央にある『黒の森』。鬱蒼と木々が生い茂るその森は、人間の常識も力も通用しない何かの力がはたらく不思議の森だ。
見たことのない植物、見たことのない動物、そして、人間から『魔物』と呼ばれる生き物が住む森。
この世界の死因第一位はきっと『魔物との戦い』なんだと思う。
それくらい、魔物と人間は戦ってきたのだ。
基本、魔物たちは黒の森にいるけれど、時折森の外に出ては人間と戦いになった。森から遠く離れたところでも、はぐれの魔物たちは存在する。つまりは、黒の森の外にも魔物たちはいるのだが、黒の森の近くになればなるほど、魔物たちは数多く、そして強いのだ。
そんな黒の森の周りには七つの国が接している。更にその外側にはたくさんの国がある。大陸の主要なこの七国は、正式名称はあるものの、森を中心に見た方角にある国、森の北の国と呼ばれ、今ではただ『北の国』と呼ばれている。
北の国はその名の通り黒の森の北に位置する国で、冬が長くて厳しく、雪が全てを覆い尽くす地だ。
国の北の方では太陽が沈まない白夜もあり、「あ、北欧みたいなんだな~」と国の気候風土をすんなり受け入れた。
そう、お察しの通り、私には『私以外の記憶』がある。いや、むしろ生まれた時から『私』だったというか。
交通事故、だったと思う。
大きな音がして、意識がぐずぐずに溶けて、なんかふよふよ漂って。
バラバラの粘土同士がくっつくみたいに意識が集まって、また固まりになって、『私』は生まれた。
生まれた瞬間も覚えている。
眩しくて眩しくて思い通りに動かない身体と喋れない声。
聞き慣れない音の言葉。揺るぎない腕に抱かれ、温もりを感じた。
テア。
泣きそうなくらい愛おしそうに呼ぶこの音は、私の名前なんだろうと気が付いた時、涙が止まらなかった。
大切な娘が生まれた時の気持ちを思い出したから。
丸々二日、陣痛と闘った末に生まれてくれた娘。どれほど愛おしかったか、気持ちが鮮明になったから。
孤児だった自分は、家族との接し方が分からずに娘との距離が計れず、関係が拗れたまま残して逝ってしまった。
おそらくは一緒に乗っていた父である夫も命を落とし、あの子を一人にしてしまったことだろう。
そのことを思い出し、私は腹の底から泣いた。
生まれ変わったこの世界は、魔法はあるし竜も飛んでるし、地球とは明らかに違う星である。
ここにあの子はいない。私の娘はいない。
唯。
頑なな私の娘は、今どうしているだろうか。
元気に過ごしているだろうか。