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ゆるい設定で書いてます。
よろしくお願いします!
思うように指が動かなくなった。
眠気に勝てず、集中力は欠け、鈍くなる判断力。
自分のいない所で勝利するフレンド達。
私だけ勝てない強敵。
もう少し。
そう思いながら優しさに甘えてしまっていた。
きっかけは何だったんだろう。
ぷつりと切れた糸のように、毎日欠かさずログインしていたゲームにも触れるのを辞めて。
それ関連での交流をしていたSNSのチェックも含め、全ての繋がりを切った。
そうしていれば、日常はあるべき正しい姿に戻り、焦燥感も何も感じなくなるはずだった。
あとは時間が解決してくれる。
そう思ってた。なのに。
「…なんで?」
目を開けたそこが、ゲームの世界だなんて。
頭の上に疑問符が浮かんでも仕方ないと思う。
(いやいやいやいや、ないわ。そんな展開今更二番煎じどころか、あふれかえってて新鮮味に欠ける!没だ没!)
目の前に広がる光景に乾いた笑しかでてこない。
小さな家と作物が実る小さな畑。
庭を飾る家具のキラキラしたエフェクト。
気が付けばあの日ログアウトした場所に立っている。
最後の竜と。
そのゲームはタイトルに『最後』と付けながら、その後も冒険やら妖精王やらと副題を付けて何作も続編が販売されていてる、普段ゲームをしない人間でもその名を聞いたことがある程有名なゲームだ。まぁ、閉店セールを繰り返す店レベルに最後詐欺と思わなくもないけど。
難しくない操作性から幅広い年齢層に支持されていて、発売されてからアップデートを繰り返して今じゃ十年近く経っている『最後の竜と幻想と』、通称『竜幻』。
(寝て起きたら、どういう訳かその竜幻の中に自分がいたなんて、一体何がどうしたらそうなるワケ??)
境 深宙三十歳、性別女。
両親は健在で、独身一人暮らし。
社会人8年目、恋人なし。
よーし、ここまでの記憶に問題はない。
いや、ちょっとしょっぱい現実なのは承知だけど、この際それは置いとこう。問題なのは何故私がこんなとこにいるか、という事だ。
一応ベタだが頬をつねってみる。
痛い。
痛覚はあった。
夢ではないけど、よくある異世界転生のような、
①事故にあった
②ブラック企業で過労死した
③女神様とか神様が頼み込んできたりして『貴女は死んだのです』と言われた
とか、そういうのが一切ない訳で。
状況判断しようにも情報なさ過ぎる。
こっちは一般人で秘密道具もなければ有名なじーちゃんもいないんだから、簡単に事件解決できないのに!
(いつも通りに寝たはずなんだけどな…)
これといった持病もないし、働きすぎでもない。
むしろゲームしてない分、睡眠時間が増えて健康的になったくらいだ。寝ている間に地震や火事にでも巻き込まれて死んだんだろうか。
(それとも突然眠り続ける病気に…って違うか。痛覚あったんだそういえば)
何だかわからないけどゲームの世界に居る。
痛みがあるから夢では無いと思うけど、わかっているのはそれだけ。
自分の知る世界だと分かってる事は、果たしてこの現状で幸運なのか。整理する情報の少なさに頭を抱えたくなる。
そういえばここがゲームの世界だとすぐわかったのは、家の前の看板にキャラの名前があって、畑の位置とか諸々が設定と丸々一致していたからなんだけど…
ただ、見た目むっちゃリアル。
現実の野菜成っとる。トマトおいしそう。
今度は意識して自分を見る。
グラフィックとは違う、しっかり分かれた指先は現実と変わらない。特徴的な肌の色と、見える範囲だけど自分がコーディネートした衣装。
鏡がないからわからないけど、それなりに見栄え良く作ってあるので、芸能人並に可愛いんじゃないかと思う。
…自画自賛だけども。いいじゃないのさ。
公式設定はないから正確じゃないけど、歳は恐らく二十歳前後といったところかな。
性別は一致してるけど、中の歳がねぇ…でもま、よくある異世界モノは赤ちゃんに転生したりしてるんだし、私も許されるはず。ネカマ(ネナベ)プレイも年齢詐称しての姫プレイもする事なく真っ当に(?)ゲームをしてきたのだ。こんな状況ならかわいこぶって誰かに頼っても許されるはず。だって外見若いし。詐欺じゃないし。
うん。おねだりしたことないけど、ご飯くらい奢ってもらおっかなーーーと考えたところではた、と気付く。
(ちょっとまって…この世界…トイレなくない?え?外で用足すの?!は?無理無理!)
いくら中身三十歳でもそれは無理。
恥ずかしいものは恥ずかしい。
だが、ゲーム内でトイレらしきものを見た記憶もないし(別のシリーズのならあったような気もする)、そんな家具はなかった。
これは最大級のピーンチ!!
慌てて目の前の家に入り、一縷の望みをかけて無人の部屋で己の身体を触って確認した。その辺りは恥ずかしいとか言ってられない。
(普通にあったかいし、肉も柔らかいし、出るものは出てつくものはついてるし…)
一通り身体を確認する。特に現実世界と変わりないようだ。いや、変わりなさすぎて困惑する。いらないんじゃないかと思うものもしっかりついているのだ。何に使うんだ、とあえてツッコミはしない。
「トイレどうすんの…」
犬猫のように外でしろというのか。しかしこの世界にはトイレットペーパーなんてものはない。葉っぱを使えというのか。かぶれたらどうすんだ!と心で叫ぶ。
この世界の紙事情はどうだったかな、と泣きそうな気持ちになったが、この件は後回しにすることにする。いっそ忘れて全力でなかったことにしたい。
もう一度頬をつねってみた。
痛い。
はぁ。
そうだ、飲食はどうなっているんだろう。
ゲーム中では作った料理を食べたりできるし、グラフィック上だがテーブルの上にご馳走が並んでたり飲み物もあった。
当然、荷物が入れてあるような大きな鞄なんて持っていなかったが、ゲーム中ではステータスを開く感じで持ち物から指定して使用していたはず。異世界転生モノにありがちな、よくある『マジックバック』と言われるやつに該当するのだろうか?
一応は特殊な技術を使った小さな鞄に入れている設定らしいが、どう考えても持ち運べる量ではないし、重さでもない。違う空間に入れている設定でなければ説明がつかないだろう。
ゲーム中はボタン操作だったが、生憎ここにコントローラーはない。であれば。
「ステータスオープン…?」
躊躇いがちに小声で言う。
そりゃ恥ずかしいでしょ。
いい歳してんですよ、こっちは。
厨二病とかのセリフ使ったりしてないし。
「わっ!?」
突然空中に黒い画面が現れた。
そこには見慣れた白い文字があって。羅列されている順番もゲームと同じでほっとする。
(あの日のままだ)
レベルは『カンスト』と呼ばれる、現在最高レベルを示していた。これは職毎に経験値を得なければならないので、他の職にはまだ『カンスト』してないものもある。私は回復職を好んで使う為、自然と回復系の職からカンストすることが多い。最終ログアウト時は僧侶だったので今は僧侶のステータスが表示されていた。
カーソルを動かすことはできないので、見たかった『もちもの』の文字に触れてみる。触れた指先から更に画面が広がった。そこにはログアウトした日と変わらない荷物が表示されていて、ページを更新しつつ、内容を確認していく。
(あ、これがいいかな)
お母さんのチャーハン。
ゲームには戦士や僧侶等の戦闘用の職業とは別に、ミニゲーム的な要素の職がある。冒険をメインに遊ばずに、そちらを主体にプレイする人がいるほど、多種多様というか、深みにハマる人達がいたくらいだ。
武器や防具を作る生産系のものや、作ったものに出来に応じた効果をつける錬金系、道具やポーション等を作るものつくり系、食べることで体力や魔力の回復に加え、能力数値を一時的に数十パーセントあげる料理を作る調理系ーーーー私はその『調理ギルド』に所属していた。
(星1だけど、まぁそれなりに食べられるでしょ)
ちなみに作った料理は星の数によって効果も名前も変わり、星無しから最高ランクの星3がある。勿論失敗もあって、失敗すると使用素材は全て無くなってしまう。作った料理はバザーで売るなどしてお金に稼いだりもできるが、星無しは材料費にもならないという世知辛さ。ミ◯ュランなら星無しでも価値はあるというのに…。
ちなみにチャーハン星2は町のお店のチャーハン、星3は一流シェフのチャーハンだ。まぁ、星3は大体一流シェフと名が付く。安易だ。
表示されたチャーハンの文字に触れると、湯気のあがる出来立てのチャーハンが空中に現れ、『使用しますか?』の文字が表示された。ご丁寧にスプーン付き。両手でお皿を持つと、ずしりとした質量を感じると共に、ステータス画面が消える。
いただきます、と小さく呟き、スプーンを口に運ぶ。
(えー、普通に美味しいじゃない?)
売るとなるとはっきり言って赤字もいいとこなのだが、こうして食べる分には全く問題がない。お母さんを馬鹿にしちゃいけない。流石である。まぁ作ったのは私であってお母さんではないが。
とりあえず、食べたものがどこへ行くか考えないことにして、テーブルもベッドもない殺風景な部屋で、ぼんやりと自分が作ったチャーハンを味わった。