平凡の終わり そして
―普通の人生。
普通の家庭に生まれて、普通の学校にいって、普通に青春して、普通に就職して、普通に恋愛して、普通に結婚して、普通の家族を築いて、普通に歳をとって、普通に死んでいく。
どこにでもある人生を普通に歩む。高望みはしない。只々、ありきたりの平凡な日常が欲しい。他人から見れば、つまらない奴だと思われることが多いが、
「 平凡 」
それが僕、正戸 猛の人生の目標だった...
両親が公務員の共働きをしている平凡な家庭に生まれ、小さい頃から塾に通わせてもらえたお陰か中学、高校と地元では有名なところに進学できた。その後、第一志望ではないがFランでもない普通の大学に入学し普通の学生生活を送っている。順風満帆とは言えないが悪くもない平凡な生活、この生活に僕は満足していた。
その日もいつもと同じく、朝、通学のため最寄り駅のホームで電車を待っていた。
「もしかして、正戸くん?」
ふと、綺麗な声の持ち主の方を振り返ると大学でマドンナと名高い同じ学科に在籍する杉田 恵さんの姿があった。
黒髪清楚でスタイルもいい、圧倒的な美女。同じ講義を履修している者同士として知り合って以来ずっと恋焦がれている。一日中眺めていられるなと見とれつつ、はっと我に返る。
「おはよう杉田さん。びっくりした、同じ電車なんだ。」
などと、偶然を装うが勿論杉田さんが同じ路線ユーザーということは既に知っている。僕の平凡な生活における数少ない自慢の一つだ。朝の電車の時間を少しづつズラしながらやっとのこと念願の出会いを果たしたのである。
「うん、そうなの私もびっくりした!この路線使ってる知り合いいなかったから。良かったら次から一 緒に行こうよ!」
「え、あ、うん、いいよ!僕も一人だと退屈だったから!」
などと、鼻の下を伸ばしながら大喜びで会話をしていると突然
「「キャーーーーーーーーー!!!」」
という甲高い悲鳴と共に辺りにざわめきが生じた。悲鳴のあった方を見ると女性が何かを指さしていた。
その先には線路上に横たわる30代後半くらいの男性がいた。頭を強く打ったのかぐったりとしていて意識がなさそうに見える。すぐに、駅員に連絡と非常停止ボタンを押そうと考えるが、今は朝の通勤ラッシュ時間帯のためあたりは乗客ばかりですぐに見つからない。
「正戸くん...」
杉田さんが不安そうな表情で、震えた声で僕の服の袖を掴んできた。僕一人ならこの時点でどうしようもないと諦めているだろうが、杉田さんが隣にいる状況でカッコ悪いところは見せられないと、愚かな虚栄心が僕を突き動かす。
「任せて。駅員さん近くにいないけど、電車もすぐにはこないだろうし僕がなんとかしてみよ。」
「...って、まさ...」
そう笑顔で杉田さんに言うと、駅のホーム下へ歩みを進めた。杉田さんが何かを言っていたが周りの喧騒とカッコつけたことの羞恥心から頭がいっぱいになっており耳に入ってこなかった。
人ごみの間をすり抜け、ホーム下に飛び降りるとホーム上から声が上がったのが聞こえるが無視して、倒れている男性に近寄った。
「大丈夫ですか!、大丈夫ですか!」
と声掛けを行ったが反応はなく完全に意識が無いだった。そこで声掛けは諦めて男性を線路上から動かそうとして、持ち上げようとしたが重くて動しにくい。
意識がないため完全脱力状態であり、上手く力がかけられない。時間をかけなんとか線路上からホーム下のスペースまで引きずることがでた。その時ホーム上から歓声が上がるのが聞こえた。一方でホーム下には余りスペースがないので自分はホーム上に一旦戻ろうとしたところ
「救助凄かったです!今引き上げますね!」
「兄ちゃん、若者のくせに勇気あるな!」
「”普通”のひとはあんなことできないぞ!」
などと言われ少し照れくさいながらも、高揚感に浸りながらホームに上がろうとした。平凡な人生を歩んできた僕だが偶には普通じゃなくても良いななどと思っていると
「「”ファーーン!!”」」
と大きな音が聞こえ、すぐさま振り向くと電車がホームに侵入しかかっていた。焦ってすぐに上がろうとした。ホームの人達もそれを手伝おうとしてくれたが、複数人に引っ張られたため上半身だけがホーム上にたどり着き、下半身はホーム外へ放り出されてる形になった。マズいと思ったがすでに手遅れだと悟った。
「「ドン」」
と鈍い音が聞こえるとともに僕はホーム上を数メートル転がった。一瞬何が起こったが分からなかったが転がった際に体のあちこちを打ったのでその痛みが強烈で意識を失うことはなかった。
「...っにが?」
転がった際の負傷のせいか上手く喋れない。辺りを見回すと泣き叫んでいる人や、腰を抜かしている人、胃の中の物を吐き出している人たちなど混乱が生じているのが分かった。すると、ふとあることに気づいた。下半身が酷く熱いのだ。
「ん?..熱い...?」
そして反射的に熱さの原因たる下半身の方を見てしまい、見たことを後悔した。
そこにあるべき下半身がないのだ。両脚は勿論なく、下腹部の辺りから裂けていて、腸と思わしき管状のものがそこから伸びていた。体が浸るのではないかと思うくらいの血液が流れ出ていた。一方で頭は酷く冷静でそれが余計に恐怖を引き立てた。
どうりで熱いわけだ、痛みを錯覚しているのかと理解したとたん今まで自分を悩ませていた熱さが遠のいていくのをその身に感じた。それと共に意識も少しずつぼやけていった。薄れゆく意識の中で近くに杉田さんがいるのが見えた。死ぬ間際に愛する人を見ることが出来て良かったなどと謎の幸福感に浸っている。
―彼女は満面の笑みを浮かべていた。
そして、意識は暗く深く静かな闇の中に沈んでゆく。正戸猛の生涯は幕を閉じた。




