水の遺跡~障害
水が空へと昇る勢いに比べて水しぶきがラウルたちにぶつけられる様子はなかった。手持ちの石を革袋から取り出し放り投げると、目に見えない何かにぶつかって上空へと昇り、細切れになりながら消えていった。
「風が渦巻いているみたいですね。俺たちに側には吹いていないようです」
「風があるから水は空へ向かっているのか、それとも別の理由があるのか。現時点で決めつけることはできないな」
「パーラの言う通りだな。ラウル、奥へと進もう。水の上を歩くという殿下へのいい土産話も出来そうだぞ」
「それ聞いて中に入りたいなんて言い出さなきゃいいがな。あのお姫様」
不可思議な光景を右手に見ながら、水で形作られている道を歩いていると、水で出来た森が現れた。水は透明であるが、かなりの数が密集している影響からか、奥まで見通すことはできず暗い。
「ここを通るしかなさそうだな」
「他の連中とすれ違わねぇな。順調ってことか?」
「別の道はなさそうだ。ここを行くしかないだろう」
グルネウスとパーラは道を再確認しつつ周囲の索敵、テスは水の森を見つめながら警戒していた。ラウルよりも遥かに経験を積んでいる三人の動きを見習いつつ、足元を泳ぎ回る魚たちを見る。
(魚がいる必要性があるのか無いのか、アンゼル遺跡のことを思うと何かあるのか……)
「皆さん。お聞きしたいんですが、この魚たちを見てなにか違和感とかありませんか?」
「私は特にないが、グルネウスはどうだ?」
「いや、特にないかな。しいて言うなら数が豊富だなと思うくらいか」
「あー、遺跡だからってことで気にしなかったんだけどよ」
「テスさん。なにかあるんですね?」
「俺、出身はここじゃなくて南の海辺でよ、ちょうど山間部でもあったからガキの頃は海でも川でもよく釣りをしてたんだが、ここにいるのは川にしか生息していない魚と海の魚が両方いるんだよ」
「…………ふむ」
「てっきり俺は遺跡だからと思ってたんだが、違うのか?」
「はっきりとはしないんですけど、この魚たちが手掛かりなんじゃないかなって思うんです。この考えが深みに陥っていなければの話ですが」
「とりあえずは警戒を怠らずに森を抜けてみないか? 他の手掛かりがあるかもしれん」
パーラの言葉に頷いた一行は森へと歩を進めようとしたその時、一本の木から触手のような長いものが二本生え、グルネウスを襲った。
「っ! 危ない!!」
とっさにパーラが突き飛ばしてグルネウスは事なきを得たが、代わりにパーラの首と左手首に巻き付いた触手はパーラを水の木に引きずり込んだ。
「ゴホッ!」
「パーラ!!」
「ちっ、遺跡からの歓迎ってか! 舐めんな!!」
テスが持っていた戦斧を水平に薙ぎ払った。木の足元を狙った一撃で形を維持できなくなったのか、周囲に零れ落ちる。元々が水であるためか脆い。
「パーラ、平気か」
「ゲホッ、ああ、大丈夫だ。すまんなテス」
「気にすんな。それより立て。どうやら本格的な歓迎を迎えるみたいだぞ」
見るとラウルたちの見える範囲の木々から触手が表れていた。
「三人とも下がってください。出し惜しみはしない」
その言葉を聞いた三人は急いで下がる。
ラウルは幻視の腕輪が付けられた右手を前に出す。すると目の前に一本の剣が現れた。
使い方は手にした時から分かっていた。幻とはいえ実体のある剣を作れることも理解している。初めから壊れることが分かっているのなら遠慮なんてない。
「はああああああっ!!」
オーバーフローによる気力を纏った一撃を放つ。伸びていた剣は横にしていれば森の奥まで切れていた。しかし、森に冒険者がまだいるかもしれないと考えたラウルは自分たちの安全をまずは確保しようと考え、根元を狙った。
水の脆さなのか、呆気なく切られていく水の木々。ラウルが予想していた以上に気力を流し込んでいたため、衝撃で隣の木を吹き飛ばし、さらに隣を。といった風に消し飛んでいく。
手に持っていた剣は霞となって消えていた。その対価としては十分な安全は確保できいる。
「話は聞いてたけどよ、まさかここまでとはな」
消し飛んで行った地面にあたる水が、少しずつ戻ってくるのを見ながらテスは感嘆と話す。
「こんな気力持ち見たことねぇ、そういう武器があるやつは冒険者に向いてるわ」
「ありがとうございます。剣を毎度買わないといけない問題も解消しましたし、安心しました」
「ラウル、助かったよ」
「パーラさんもご無事で何よりです」
「少し水を飲んでしまったがな」
それ以外にも体を震わせている。木の中の水はよほど冷たかったのだろう。
「体温を一気に奪われたみたいですね。肌の色が悪くなっています」
「ラウル、すまないがパーラを連れて戻らせてもらえるか? せっかく誘ってくれたのに申し訳ないが」
「ええ、パーラさんの安全を優先してください」
グルネウスとパーラは遺跡を後にした。
「森の再生はそこまで早くねぇな。どうする? 一気に行くか?」
「そうですね、切ればなんとかなるかもしれません」
ラウルは剣を改めて取り出そうとする。が、
『うわあああああああああああああ!!!』
悲鳴が後方から聞こえた。
見ると、昇る水から多くの冒険者が吹き飛ばされていた。
「なんだ!? おい、大丈夫か!!」
二人は倒れている冒険者たちに近づく。
「ううっ、気をつけろ。森を抜けた先の洞窟に分岐した道がある……右に行くな。俺たちみたいに流されるぞ」
叩きつけられた影響か、体を痛めているようだった。パーラとは違いそこまで急激な体調の悪化は見られない。
「テスさん。一度戻りますか?」
「…………いや、行こう。こいつらには悪いが、冒険者てのは命を捨てているようなもんだ。いつどこで死ぬか文句は言えねぇ」
「ああ…………そうだ。ほっといてくれて構わねぇ。冒険者なんだ。帰るときは自分の足で帰るさ」
その後、洞窟の迷宮に入った際に右の道の行き止まりの壁にあった突起物に触れたら床に引きずり込まれたという情報を手にした。
「………………情報ありがとうございます。生きていたらまた」
ラウルとテスは水の森へと歩いて行った。テスは話してくれた男の胸あたりに金貨を放り上げる。情報料だ。
「水の木はパーラさんの体温を取り込んでいると考えていいと思います。好物と捉えてもいいかもしれません」
「あの連中はただ流されて叩きつけられたからまだマシって訳だ」
ラウルは肯定するように首を縦に振る。
「とはいえ、アンゼルの遺跡よりも死者が出やすい可能性がある以上、なるべく早く誰かが神具を手にする必要がありますね」
「おう」
二人は森へと足を踏み入れる。すかさず触手が襲い掛かる。
片手で持てる剣を二つ作りだして連続で切り付けていく。次の剣を作り出す僅かな隙はテスが補う。出来立てのパーティとしては連携がしっかりしていた。
進んでいくと、木に取り込まれた冒険者たちの遺体などがあったが、回収できる余裕はなく進んでいくしかなかった。
「ラウル、こんな森を帰りも通りたくねぇぞ、この一回で神具手に入れねぇとよ」
「ええ、辛いですね。けど、遺跡は罠なんかを除けば魔獣の類が主な障害ですよね?」
「これが魔獣だってのか?」
「ええ、だとすれば」
「だとすれば?」
「本体はこの水の地面のどこかにいる!!」
ラウルは新しく作った剣を地面に突き刺す。
「おい、まさか」
「テスさん。守りは任せます」
ラウルは剣を生み出しては地面に刺した。作って突き刺す間に気力の放出が膨大すぎるのか、少しだけ仰け反ってしまうが何度も何度も突き刺す。
触手はその行為が嫌なのか、攻撃の頻度が増した。
「どうやら当たりですね。魔獣は下にいる!」
「それはいいから早くしてくれ! 無尽蔵に体力があるわけじゃねぇ!!」
「了解!」
攻撃を繰り返していると、手ごたえが悪い部分があった。
「この魔獣、身を守る術に関しては頭が回りますね。今俺の攻撃を防ぎました」
「じゃあ!」
「ええ、ここだぁ!!」
二本の剣を真下に最大の気力を流した状態で突き刺す。壊れる寸前に伝わったのは何かに刺さった感触だった。
「手ごたえあり!」
すると、水の地面が波打つように揺れる。周囲の木々も次々と液化していく。
「なんかくるぜ!」
二人はすぐに後退。下から出てきたのは、二人の何倍もの巨躯を誇る魚だった。ヒレの部分が発達したのか手のように筋肉がついているのか器用に立っている。頭部には数えきれないほどの触手が生えていたが、一部に切られた部分があり、そこから紫色の血と思われる液体が流れていた。ラウルの攻撃を受けたためである。
「新種かよ、この情報だけで充分な報酬が貰えそうだな」
「頭の触手を水の木に取り付けることで操っているように見えてたんですね。てっきり木そのものを作っていたんじゃないかと思ったんですけど」
周囲の木は液化してしまったが、被害を免れた水の木は健在しているのを見たラウルが触手の特性に気が付く。
「けど、こっちは先に進まないといけないんだ」
新しい剣をラウルは一本だけ作り、
「さっさと終わらせる!!」
真上から勢いよく巨大な魚に振り下ろした。
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