腕輪~ミリア
神具を手に入れるとすぐに遺跡は消えるということは母エルザから聞いてはいたが、いざ体験してみると一瞬の出来事すぎて実感が湧かない感覚にラウルは陥っていた。
違いがあるとすれば右手首に腕輪を装着しているくらいなものだ。
周囲の冒険者たちも突然の事態に困惑している。神具を手に入れたことがある者はいなかったらしい。
「…………幻視の腕輪か」
神具を手に入れて物はその力を一瞬で理解することができ、一般的には祝福と呼ばれている。
「おめでとうラウル」
「おめでとう。悔しいが今回君の手に神具が渡ったのは必然だったのかもしれないな」
グルネウスとパーラが並んで近づく。二人の距離は密着している。
「悔しいな。神具を手に入れたらパーラとの約束を果たせたのに」
「約束?」
「グルネウスは神具を手に入れたら私を妻に迎え入れたいらしい」
パーラは笑みを浮かべて言った。
「え……つまり、お二人は……」
「はは、うん。冒険者になる前から付き合ってたんだ」
「……………………………………………………そうですか」
ラウルの中で何かが砕けた。
「戦いに勝って勝負に負けたか……」
そもそも勝負すらしていないことには気が付かないラウルであった。
「年上の……理想の人だったのに……くっ……」
「どうしたんだラウル。神具を手に入れたんだからもう少し喜んでもいいと思うが」
「いえ、個人的な夢が遠退いただけですので気にしないでください」
「???」
二人は首をかしげる。
「お、おい! お前が神具を手に入れたのか!?」
周囲の冒険者たちが現状を理解し始めて、それがどんどん伝わる。
「くそっ! 俺が手にする予定だったのによ!!」
悔しがる者。
「すごいな彼は! どこで神具を見つけたんだ」
祝福する者。
「ちっ、ここでの商売もここまでか、もう少し稼がせろってんだ」
恨む者。
多くの者がそれぞれの感情を持って言葉を発した。遺跡があったときは騒がしいことは当たり前であったが、それは遺跡の周囲とギルドぐらいだ。首都であっても夜となれば静かな場所はいくらでもあるが、今日に限っては違う様子になるかもしれない。
「なぁ、おい。どんな力なんだ? 可能なら見せてくれよ」
ラウルに中年の冒険者が近づく。自分が手に入れていたかもしれない物をどうしても知りたいのかもしれない。
「えーと……なるほど……」
「おい。どうなんだ? ここで見せられそうか?」
「もう見せていますよ?」
「は?」
口を開けてポカンとしている男の方に手が置かれた。見ると目の前にいるはずのラウルが横に立っていた。
「え、なんで二人いるんだ!?」
「夢と幻の神アンゼルが人々の様子を知るために、人間の姿に変える道具として自身の外見を誤魔化すために使っていたようです。今は偽物を作って本物は背景に溶け込んでみました」
目の前に立っていたラウルは笑みを浮かべながら霧散した。
「おおっ……それがありゃ色々悪だくみも出来ちまうな。お前はそういうことに無縁そうだし、そういう運命なのかもな」
男は納得したの右手をラウルの前に出す。
「テスだ。お前は?」
「ラウルです」
「ラウル。今日はお前を祝いてえ気分だ。酒は?」
「飲めます」
「うし、行こうぜ! 今日は俺の奢りだ!!」
「ありがとうございます! あ、グルスさんやパーラさんたちもいいですか?」
「奢るのはお前だけだけどな。皆で祝おうぜ!!」
「どうするグルネウス?」
「俺たちもラウルを祝うとしよう。僅かな時間といえどパーティーを組んだのだからな。他のみんなもどうだ!? 今日は派手に行こう!!」
『おおおおおおっ!!』
気が付けば多くの冒険者がただ騒ぎたいのか一斉に声を上げる。一同はそのままギルドへとゆっくり向かう。
先にギルドへ報告してくれた者がいたため、ギルド職員もラウルを祝福した。
「……驚きました」
「なにが?」
「遺跡が無くなったのでギルドとしては利益が減るんじゃないかと思ったんですけど」
テスの隣で食事をしていたラウルは、ギルドが冒険者たちに酒や食事を普段の半額で提供しているのを疑問に思っていた。そういうところはエルザは教えなかったからだ。
「ああ、そうしたら今度は未発見の遺跡探索が始まるわけよ。昨日まで何もなかったはずの場所に、突然遺跡は現れるからな。発見した冒険者は報酬も貰えるし、ギルドも総本部から支援されるし、悪い点はないぜ?」
「なるほど……」
グルネウスとパーラの方を見ると静かではあるが、二人は寄り添って楽しんでいた。ラウルは悔しかったので見ないことにした。
「にしてもラウル。お前ギルドに登録してすぐに見つけるとかすげぇな。こっちは何年も冒険者やってんのに全く駄目だ」
「こればかりは運も絡みますし」
「はぁ、いつか神具を手に入れてぇなぁ。ング、ング」
テスは木製ジョッキ満杯に入った酒を一気に飲み干そうとしたその時であった。
「大変だぁ!!! 東の森の遺跡も攻略した奴が出たぞ!」
一人の男がギルドに入る早々大声で発した。その言葉に騒がしかったギルドは静かになった。テス以外は。
「ぶはっ!? ゲホッ」
突然のことに驚いたテスは酒を吹き出してしまう。
「東の森……この腕輪があった遺跡よりも前からあった遺跡ですよね」
「ゲホッ、ああ……十二年前だったか? そんくらいからあったな。そうかついに……おい、誰が手に入れたんだ!」
「ミリアだ。ひと月前に登録したばかりの」
ギルド内は騒がしさを増す。
「おいおい、登録したての冒険者が一日のうちにこの国にあった神具を手にするなんて何かの前触れか?」
「ミリア。女性の方ですか?」
「ああ、なんでも貴族の令嬢らしいんだけどな。結婚相手が嫌だとかで冒険者になったらしい」
「変わってますね」
「色々あんだろ貴族だし」
「ですかね」
ラウルは内心新たなチャンスの到来に喜びを爆発させていた。もしも理想的な女性だったら。などと考えが浮かび上がっている。
ギルドの外が騒がしくなった。ミリアの凱旋を祝っているようで、名前を何度も叫んでいる。
「来たぞ、あれがミリアだ」
ギルドに現れたのは騎士たちが身に着けているのと同類の鎧を身に着け、派手ではないが職人のこだわりを感じさせる剣と盾を持っていた。そして手には片手で持てるほどの折りたたまれた布を持っていた。
整った顔立ちは自信に満ち溢れており、受付までたどり着くまで笑顔を絶やさない。対応する受付嬢もミリアの表情が移ったのか、野郎相手よりもニコニコしているとテスが言う。
「お疲れ様ですミリアさん! 神具入手おめでとうございます!」
「ありがとう。ちょっと苦労したけれどね」
「それで神具の方はその?」
受付嬢はミリアが手に持っている布を見る。
「これよ」
ミリアは手に持っていた布を受付カウンターに置いた。
「布、ですよね?」
「ふふ、よく見ていて」
ミリアが布に触れると、突然動き出し、折りたたまれていた量を無視するかのように広がりを見せ、一本の剣になった。
「えええっ!?」
「鍛冶と装飾の神テウローガの神具よ。この布であらゆる物を作れるの。ただし複数は作れないから使い方次第ね」
「すごいですよミリアさん! まさか一日のうちに二つの遺跡が攻略されるなんて、ほかでも聞きませんよ」
「……大通りの遺跡が攻略されたの? だれに?」
「あそこにいるラウルさんという若いお方です。なんと今日登録したばかりなんです!!」
「ふーん」
ミリアは剣を布へと戻しながらラウルへと近づく。
「遺跡を攻略するなんてやるじゃない。ミリアよ、貴方の神具はどんな物なの? 可能なら見せてくれないかしら?」
「…………なんか違うな」
「……それは喧嘩を売っていると解釈していいのかしら?」
ミリアの表情は笑いながらも恐ろしかった。
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