手がかり~神具
それは今から三年ほど前のことである。
「気力ってのは人によりけりだ。少ない奴がいれば多い奴もいる。ドワーフやエルフは比較的人より多いと聞くけどね。ただ……ここまでは多くないだろうねぇ」
ラウルの母エルザは縦に真っ二つに割れた500メルク先にある山を見つめながら言った。
「オマケに気力の残滓から剣気があふれ出ているし、これじゃ当分動物たちはあの山に寄り付かないだろうねぇ」
エルザはボロボロの剣を握ったまま茫然としている息子を見る。
「いいかいラウル。これまでは知識を取り込む時間が多かった。けど、これからは体を鍛えていくよ。アンタが剣を持つとオーバーフローする。なら剣を極力使わなくてもいい戦い方を身につけないとね。ふふっ、アンタが成人するまで忙しくなるよ」
エルザは楽しくそして愛おしそうに笑った。
光の柱だった。
作り出したラウルからすれば気力を剣に流し込んでいるだけなのだが、周囲の者たちからすれば神具を使ったのかと思い込むほどの光であったからだ。
幸いというべきか、ラウルが生み出した光による被害は目が眩んだ程度とタイラントベア一頭の死亡。そして剣が振り下ろされた際に長すぎた影響で森の一部を切ってしまったくらいである。
弾けるような音ともに剣は粉々に砕けた。ラウルの手には柄の部分だけが残された。
(調整したつもりだったけど、やっぱり駄目か……鍛えた影響もあってより強くなってる)
残された柄も限界を迎えたのかボロボロと崩れ、ラウルの手から零れ落ちていった。
「ラ、ラウル……今のは、気力……なのか?」
グルネウスが手のひらを見つめたまま動かないラウルに話しかけてきた。
「ええ、俺は剣に対してだけ異常なほど気力を流してしまうようでして、他の物は大したことないですけど」
「あれほどの気力見たことない。そもそも肉眼で気力を見ることなんてまず無いからな」
二人が話している間に落ち着きが取り戻されつつあるのか、周囲の冒険者たちが怪我人などを見て回る。
「グルスさん。後で話があります」
「ん? どうした?」
「この神具遺跡の手がかりを掴めたかもしれません」
「っ! ……本当かい?」
大声が出そうになるのを抑え、グルネウスは冷静に聞いた。
「確実とは言えませんが、夢と幻の神アンゼルがこの遺跡を作った可能性があります」
「……それを教えていいのか? 神具は一人だけしか手に入らない。出し抜くチャンスだ」
「アンゼルであるならまだ仕掛けがあると思います。協力してくれる人は多ければ多いほどいい」
「分かった。どこに集まる?」
「出入口の岩山に」
「よし、パーラたちにそれとなく伝えておく。君は先に行け。手がかりを掴んだ者が先へ進むのは当然のことだからな。ああ、代わりにタイラントベアの素材を少しもらっていいかな?」
「ええ、好きなだけどうぞ。じゃ、先に行っています」
ラウルは先行して岩山へと向かった。
一時間が経過し、グルネウスのパーティーはワイルドゾーンの出入口が存在する岩山へと集まった。
「ラウル。状況は?」
「先にここに来てそれとなくアンゼルの教義なんかを呟いてみたんですけど、手がかりは無しです。今のところここは出入口でしかないですね」
冒険者たちはがっかりしたように肩を落とす。
「ラウル、そもそもどうしてここが怪しいと?」
「西以外の場所には何かしらのいかにもなにかある。という物が存在しています。圧倒的に高い山、ありえないほどとの巨木。そして異常なほどあふれ出ている滝」
パーラからの問いに地図を出して答える。
「でも、この三つには何もない。じゃあ西になにか隠されている。そう思わせている可能性が俺の頭をよぎりましたそして夢と幻の神アンゼルを思い出したんです。西に何か隠されているという有りもしない幻を勝手に見てしまったんです」
「何も無いとうことが正解か」
「はい。そう考えるとどこにも無い。だとしたら出入口は大体中央に位置していますので何かあるんじゃないかと思いまして」
「なるほど……」
「…………ここが違うとなると、そもそも遺跡の入口が違う可能性もあります」
「ワイルドゾーンそのものが幻だと?」
「この場所に神具があるという夢を見せていたのかもしれません」
「なら遺跡外部を見て回ろう。手がかりが今なら掴めるかもしれない」
グルネウスの言葉を受けて皆どこか速足で階段を上っていく。それだけ神具は欲しいものだからだ。
夕暮れの時間になっても商売人にとっては稼ぎ時であることには変わりはない。夜になってから遺跡に入る者だっているため、一日中商売する店だってある。
そんな中、ラウルを含むグルネウスらのパーティーは遺跡の周辺を見て回る。
「ありました!」
一人の冒険者が声を出す。すぐに集まり確認するラウル達の見た物はアンゼルの教義であった。
〈幻の中で見る夢は現実を見ることができない者の価値無き夢である〉
「こんなものが遺跡の裏側にあるなんて報告は今までなかった。ということは変化が起きたってことだ」
「そのようだグルネウス。見ろ」
パーラの見つめる先には壁があったはずの場所が音を発せず左右に開いていく様子だった。開ききった空間には底へと繋がるのではないかと言わんばかりの階段の通路があった。通路には松明はなく、暗闇が広がっていた。
「ここまでは正しいかもしれないな。明かりを用意して降りてみよう」
魔水晶を使って火を灯し、数本の松明を持って一行は階段を下る。
数分間階段を降りると、横幅5メルクほどの空間に一行は到着した。奥行きはあるようで、ラウルたちの視線の先には松明が設置された通路がさらに広がっていた。
「表の階段に間違いなくぶつかるはずなのに何も無いように降りられるとは、本当に不思議ですねこの遺跡」
ラウルは感心したかのように周りを見る。
「おい、あれ!」
先頭に立っていた冒険者が声を上げた。見ると、石造りの空間には似合わない金色の台座に腕輪のような物が浮かんでいた。
「っ!!!」
それを見た多くの者たちが、神具であると理解し、走り出した。
「待ってください!! ここがアンゼルの遺跡だとしたら!!」
ラウルが止めようとするが、走り出したの者たちは聞いていない。
「どけ! あれは俺のだ!!」
「いいや、俺が貰う!!」
神具は一つ。だれか一人しか手にすることはできない。加えて神具を一つ所持していれば一種のステータスとなり、待遇が良い。ウーティラス王国での他国出身のアレクセイが冒険者から騎士となり、神具を使い国に貢献したことで男爵位を手にしたという成功例が身近にあるため、欲は出る。
「貰った!!」
一人の男が腕輪を手にした。
「は、ははっ。やった!! 俺は神具を手に入れたんだ!!」
歓喜の瞬間を味わっていたが、事態は変わっていく。男が持っていた腕輪は霧散していった。
「は? なんで……なんで無くなるんだ!? 俺の神具はどこに――――」
最後まで言うことはなく、男と周囲にいた者たちの首が一瞬で切り落とされた。助かったのは、階段付近に残っていたラウル、グルネウス、パーラと走り出すのが遅れた新人たちであった。
「…………あれは偽物ということか」
「だとしたら……どこに」
グルネウスとパーラは落ち着きを取り戻し、ラウルは改めて周囲を見る。新人たちも顔色は悪いが、手がかりを見つけようと動き出した。
「前が駄目なら後ろか……?」
ラウルは階段付近を調べる。石造りの階段は勾配があるため、その分石が積み上げられており、隠し部屋を作れそうなほどにはある。入口のようになにか文字が書かれていないかラウルは松明の明かりを頼りに調べる。
「あれ?」
〈手に入る時は呆気ない時もある〉
「……こんな言葉アンゼルの教義にあったか……?」
ラウルは気になって右手で文字をなぞる。すると、するりと石の中に手が吸い込まれた。
「なっ!?」
カチリと音が鳴り、ラウルは右手首に何かが装着された感覚を覚えた。
石の中からひっぱり出すと、右手首に金色の台座の上にあるのと同じ腕輪があった。
「……え?」
あまりのことに唖然としていると、ラウルたちは外にいた。遺跡内部にいたであろう他の冒険者たちも集まっており、突然のことに驚いている。
さらには遺跡の周辺で商売をしていた人たちも一瞬のことで誰もが声を出せずにいた。
「なにが……遺跡が無くなっている……」
「ラウル、それは……」
「ええっと、神具みたいです」
『えっ…………?』
全員そろって茫然としてしまった。
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