ワイルドゾーン~巨木
ワイルドゾーンと呼ばれたその遺跡は地下にあるはずなのに、太陽の光があり、風が吹く。そのため、遺跡の階段を下っている間に別の場所へと繋がっているのでは? という憶測が過去にはあった。しかし、それを証明する手段がなく、現状では魔獣が現れる自然豊かな場所ということしか分かっていない。
「シッ!!」
ラウルたちはプラントウルフと呼ばれる魔獣の集団に出くわしたが、冷静に対処。ラウル自身鼻先に手持ちの石をぶつけて怯ませ、そこをパーティーの仲間がトドメを刺す。これを繰り返し、無事負傷者を作らずにすんだ。
「見事な投擲だなラウル」
「ありがとうございますパーラさん」
ラウルは石を回収しながら周りに手ごろな石がないか探す。
「ホルダーに魔水晶を装着しているからてっきり後方支援に徹すると思ったんだが、予想外の戦闘手段だったな」
「手ごろな武器として母から教えられましたので」
「なるほど、……その布で巻かれたその剣はあまり使うなと?」
「ええ、少々気力が過剰に流れてしまうので」
「ふむ、そういう事態にならなければ、それにこしたことはないが……ここは遺跡内部だ。いざとなったら使うことを躊躇うなよ」
「はい。勿論です」
ラウルたちはワイルドゾーンの東にある巨木の足元に来ていた。
「よし、今日はここを調査しようと思う。ギルドに寄せられた情報だと、この巨木、大滝そして山の頂上の何れかに神具が隠されているかそこへ繋がる手掛かりがあると考えられる。周辺の警戒を怠らずに調査してほしい」
グルネウスの言葉を受けパーティーはそれぞれ手掛かりがないか探し始めた。
「…………」
ラウルは他の冒険者たちと違い地図を見つめる。
「ラウル。どうしたんだ?」
動かないラウルにグルネウスが声をかけた。
「いえ、北に山があって南に大滝、そして東の巨木。なら西にはなにもないんですか?」
「その疑問はもっともだ。西にもなにかあるんじゃないかと思って調べる冒険者もいる。けど今の所はなにも見つかっていない。もちろん情報を独り占めしている可能性もあるが」
「なるほど。じゃあ一人で行動するときは西の方へ行ってみます。今はあの巨木の上に行ってみたいですし」
地図を折りたたみ、ラウルは巨木の方へと向かう。
「気をつけてな!」
グルネウスも一言声をかけて周囲の調査を始める。
推定600メルクあると言われる巨木は幹だけでも異常な太さを誇る。加えて枝も太く逞しいため、足場として安定している。幹の部分にはこれまで冒険者たちが作ってきたと思われる木製の足場が設置されており、螺旋状に幹の周りを囲んでいる。
ラウルは階段を上り始める。すると、
「おーい。上にはなんもないと思うぞー!」
「一応見てみたいんです。上からの景色を」
少々傷がついた装備を身に着けている冒険者から声を掛けられるも、ラウルはそのまま進む。
「落ちるんじゃないぞー!」
「ありがとうございます!」
ラウルが階段を上っていく姿を見た他の冒険者は次々と気を付けるよう声をかける。加えてラウルの行動が切っ掛けになったのか、同じ新人冒険者たちも巨木に設置された階段の下へ集まっていた。
強風が吹くと体勢を崩されそうになるのを木の側面に設置されたロープに掴まりながらラウルはどんどん上っていく。そして最後の階段を上り終えると、そこは広場と言えるほどの場所だった。
「すごいな。この足場あたりから枝分かれが集中した結果、一つの大きな足場になったのか」
ラウルはあたりを見回し、さらに上へと進む。枝は丸いというよりは横に一定の広さがあり、足場としては安定している。さらに先ほどまで苦戦させられた強風も、枝と葉によって防がれているのか、風の音は聞こえても、ラウルが危険を感じるほどの風が吹くことはなかった。
頂上を目指そうとしていた最中、過去に巨木を調べていた冒険者たちの痕跡を発見したラウルは一つ一つに目を通した。
「この先頂上、手掛かりなし。強風注意。……随分親切な冒険者がいたんだな」
木に刻まれた文字を見ていたラウルは少しずつ肌に触れる風の強さに注意しつつ上を目指す。
「はぁ、はぁ……結構足に来たな。けど、着いた……ここが……頂上」
ラウルは人が行けるであろう巨木の頂上に立った。見渡す限りの大自然が眼前に広がり、ここが遺跡内部であることを忘れさせる。
「ふう……疲れた……」
ラウルは頂上といえども太い枝に座り体を休める。幸いにも風は弱まり、今のところ吹き飛ばされる心配はない。
「さて、この巨木は何のためにあるのかくらいは分かればと思ったけど、何も分からなかったな……大体なんでこんなのが遺跡にあるんだ? 自然に関する神はいるが、ここまで広大なのには理由があるのか」
地図を広げ、改めて見渡す。
「ここからだと、北の山と南の大滝が見えるか……それに遺跡の出入口は東を向いている……ある意味では西側にあるのは出入口と考えていいのか?」
ラウルは熟考を続けるも、答えは出なかった。
「一人で考えても埒が明かない。グルスさんたちと相談するか」
地図を仕舞い、立ち上がったラウルは頂上からゆっくりと下る。その間もラウルは神々の中でこれほどの自然を作り出す神を思い浮かべて手がかりを探っていた。
(自然に関する神と言ったら大地の神レグ、木の女神エリュオンなんかが有力だけど、この巨木だけ考えるとエリュオンか? 山や滝がある必要性はないけど……見せかけってわけじゃないだろうし)
文字が刻まれた場所まで戻ってきた時、ふとラウルは思い至った。
「三つの箇所にはなんの手掛かりもないとしたら、それが手掛かりとも言える…………か?」
改めて地図を広げる。
(西にもなにかあるかもという考えも誘導されているとして、何もないのが西。北の高い山。南の大滝に東の巨木。出入口を中央と考えるとしたら、俺たちは手掛かりを前に通り過ぎていた?)
「夢と幻の神アンゼルが絡んでいる?」
アンゼルは人間たちが現実に嫌い理想とする世界を夢の中で見せてくれる神といわれる眠りの神とも呼ばれるが、恐ろしい幻を見せそれを乗り越える者に祝福を授ける神ともいわれる。
ラウルがアンゼルの名前を口にしたその時、木に刻まれていた文字が異音を発しながら動き出した。
「っ!? なんだ、これ……」
警戒するラウルを問題視していないようで、どんどん文字の形が変わっていく。
「これは! アンゼルの教義!!」
神々の教えはラウルたちの時代まで残されている物が多く、子供のころから教えられる。ましてや冒険者を目指していたラウルは母エルザから叩き込まれているため、アンゼルの教義であることはすぐに分かった。
〈見ている物がすべて正しい訳ではない。意味があるとは限らない。幻と捉え、前へ進め〉
先ほどまでは冒険者の親切な文字が刻まれていた木には今や違うものが彫られていた。
「つまり、この巨木も山も滝も意味を持たない存在ってことか、だとすると……」
アンゼルの教義は崩れ、再び元の強風注意の文字へと戻った。
「急いで報告するか」
ラウルは急いで巨木から下る。
他の冒険者たちとすれ違うことなく降りていると、木の足元付近から喧騒が聞こえてきた。
「なんだ?」
立ち止まって様子を見ていると、巨木の周囲に広がる森から巨大な熊が現れた。
「あれはタイラントベア! 母さんの戦利品の中にあった奴だ!!」
エルザが無駄に毛が堅かったと言っていたことを思い出すラウルは走って階段を降る。
ラウルが降る間にもタイラントベアによって冒険者たちの被害は広がる。素材は高く売れるため、金儲けをしようと考えた冒険者などはあっさりと命を奪われた。
8メルクの体を使った攻撃は当たれば致命傷とも言える。緩慢な動きは一切なく。背を向ける冒険者には四足を使った素早い動きで追いつき容赦なくかみ殺した。
先ほどまでは何も起きない平和としていた場所が一瞬で血が流れる死地と化した。
ラウルは地上にたどり着くとタイラントベアの正面に立つ、周囲から逃げろと言う声が聞こえていたが、それを無視した。そして剣を隠すように巻かれていた布を解き、剣の柄に触れる。次の瞬間だった。剣は強く発光を始め、鞘を突き破り白く光る剣身がどんどんラウルの頭上で伸びてゆく。
「くらえっ!!!!」
巨木よりも伸びた光の剣を眩しさから怯んでいたタイラントベアへと振り下ろされた。
メルク=メートルの意味になります。
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