迷宮~石像
「うげぇ、こいつ気持ち悪い血の色してんな。紫って何食ったらこうなるんだよ」
新種の魔獣から素材を剥ぎ取っていたテスが嫌悪を隠さず言う。
「しかし、手が生えた魚って考えたら結構怖いですね」
「そうか? 昔はよくマーフォークたちから怖い話なんかを聞いたもんだ。故郷の近くに集落があってな。いい付き合いしてたんだ」
「例えば?」
「あー、海の底には複数の頭を持つ魚がいるとかそんなやつをいくつか聞かされてな。食うもん取れたり、金になる物が取れたり恩恵を貰える存在であると同時に恐ろしい部分もある。ってのを教えるために聞いてたな」
「へぇ、興味深いですね。その話」
「興味あんのか? だったらこの遺跡攻略が終わってすることが無いなら案内してやるよ」
「ありがとございます。山育ちだったので海を見たことなくて」
「じゃ、神具手に入れて無事にここから出ようや」
「はい。行きましょう!」
取れるだけ素材を取った二人は奥へと進む。
しばらく歩くと、穴の開いた岩が二人を出迎えた。事前に得た情報通り、洞窟に通じている下へと進むための階段があった。
「ここか。ここは普通の岩なんだな。今まで水が形を作ってたから変な感じだ」
「うーん……なんか妙ですね。こんな分かりやすく洞窟! って感じの物を出しますか?」
「遺跡が何をどうしたいのかなんて分かりっこねぇよ、長い歴史の中ではっきりと分かったことのほうが少ねぇ」
「どうもアンゼルの遺跡が冒険者として初めての冒険だったので疑ってしまいますね」
「んじゃ、もう少し探してみるか?」
「はい。それからでも遅くないかと」
二人は岩の側面、背後、上部におかしなところはないか確認し、その後周囲をよく見て回った。
「水だらけでよく分からねぇ……てか、なんで水の上歩いてんだろうな」
「遺跡だから。としか言えないでしょうね」
「だよなー」
岩の後方に進みさらに調べていくと、魚が一切泳いでいない場所にたどり着いた。
「ここだけ魚が泳いでねぇな。避けてんのか?」
「ですね。足元に魚はいますが、この円には近づかずに引き返していますし」
直径にして10メルクほどの円が二人の前には存在している。遺跡に入ってから水の森以外の場所では魚がラウルたちの足元を泳いでいたのだが、この円の中には一切いない。
「石を投げてみますね」
ラウルは革袋から石を取り出し放り投げる。
投げた石は波紋を生み出すことも底に到着することなく姿を消した。
「そもそも水じゃないみたいですね。どこかにつながっているのかも」
「神具遺跡は訳がわからねぇことばかりだな」
「剣を刺してみます」
腕輪の力で剣を作り、気力を放出した状態で突き刺す。さきほどの石と同じで、水しぶきが飛ぶこともなければ底に当たった感覚もない。
「思い切って入りますか?」
「うし、冒険するか!」
二人は同時に飛び込む。
水の中に入った感覚ではなく。すぐに空中にいることが分かった。
「うおおおおおおっ!?」
「今度は何よおおおお!?
下にはミリアたち冒険者がおり、全員ラウルとテスを見ていた。
二人は地面にぶつかるかと思いきや、そこはただの池だったようで、着水した。
「くそっ、水で出来た道なのか、ただの水なのか分からねぇな」
「盛大に濡れましたね。あの魚みたいに体温をすぐに取られないだけマシですけど」
「ラウル、貴方なんで空から!?」
池から上がるとミリアが訳が分からないという表情をしていた。
「階段を下りずに奥まで歩いたら変な円形の場所があってな。飛び込んだらここに来た」
「嘘でしょ……私たち、戦ってばかりなのに……」
ミリアたちはラウルらより早くに来ていたのにもかかわらず、岩の階段を下った分岐で左を選び、その後数回分岐した道を進み、道中魔獣の襲撃を受けながらも、ようやく新しい下層への階段を見つけ、降りてきたばかりだという。
「近道だったって訳か。ううっ、冷えてきたな」
「お二人ともこちらへ、服を乾かしましょう」
「すみませんモリスさん」
手際よくモリスが所持していた魔水晶を使って服を乾燥させた。さすがに服は脱がなくてはならないため、ミリアやオーリナからは離れたが。
「こういう時に備えて、火の魔水晶だけじゃなくて熱の魔水晶も持ってたほうがいいですかね」
「ええ、それがよろしいかと。はい、どうぞ」
モリスは熱で濡れた服を次々と乾かし、終わったものから手渡していく。
「ありがとうございます」
「すまねぇな」
しっかり乾燥された服を身に着けた二人はモリスと共に座って休息していたミリアの下へと向かった。
「お疲れ様モリス。貴方も休んで」
「ではお言葉に甘えて」
モリスは一礼してオーリナのいる方へと向かった。
「にしても随分と戦ったんだな。嬢ちゃん含めて疲れた様子じゃねぇか」
ラウルたちも座って体を休める。
「ええ、魔獣の襲撃が酷くてね。犠牲になった人もいたわ」
「冒険者は運も必要な要素だからな」
ラウルはつくづく運がいいと思っていた。
「うし、んじゃラウルよ。運がある俺たちは先行こうぜ」
「ですね。じゃ、お先」
「ええ、すぐに追いついてやるわよ」
立ち上がった二人は周辺を見渡す。広い空間で、色の濃い青で構成されている水の壁や床が視界を覆う。空にはポッカリと円があり、ラウルたちがそこから来たことは分かる。洞窟内部であるはずが、円がある部分以外の頭上や壁には飛び込む前に見ていた小魚たちより大型の魚が泳いでいた。
「前進あるのみだな」
「はい。行きましょう」
二人は魚たちが襲撃してこないか警戒を怠らずに進む。その考えは杞憂に終わったが、進んでいる中で見たことない生物たちが現れるため、見ているだけでラウルは楽しんでしまっていた。
「あれは魚か? 発光して漂ってるけど……」
「あーたしか漁師やマーフォークの知り合いがポイズンジェリーって呼んでたやつだな。なんでもあの毛みたいなところに毒性があってそれで魚を丸呑みするとか」
「蟹ってやつですかあれは?」
「クラブントルだな。大昔亀を食いまくった影響で、亀の甲羅を背負って生まれてくるようになったっていう生物だ。通常の蟹はもう少し小型だ。どう見てもそこにいるのは5メルクはある巨体じゃねぇか」
「デカッ! あれはなんです?」
「ソードホエール。ヒレなんかが剣のように鋭いからそう呼ばれたらしい。俺たちの真上にいるせいで背ビレが見えないが、海面に背ビレが出たときなんかは船を真っ二つにしちまう。漁師の知り合いが被害にあってたよ」
警戒が薄れているラウルが見たことない魚たちを訪ねては一応警戒しているテスが答えるといった状態で進み続けること、およそ三十分。水の中を歩いているような体験は終わり、石造りの洞窟に戻った。
そこからは魔獣が壁から現れるようになった。
「二足で立つ魚に火の塊を吐き出す亀……すごい魔獣もいたもんですね」
「まだまだいるだろうな。ここじゃ剣を使って壁から魔獣が大量にってことになったらシャレにならねぇ、どうすんだ?」
「片手で使える斧と昨日もらった雷の魔水晶で対応します」
「うし、なら行くぜ!!」
二人しかいない以上一撃で絶命させることがベストに近い。
魔水晶に気力を流し、雷を放つ。その攻撃で絶命してくれればよいが不可能であれば、武器で攻撃する。
互いの背中を守るように立つ二人は、近づいてくる魔獣を確実に倒していった。
「ここの――――くそがっ! 魔獣は壁から生まれるってんなら、オラよ! 水だらけの場所は安全、てことか!?」
「森に、いた魚を考えると――っち、なんともっ!」
多少は余裕も生まれたのか、一歩ずつ進み会話が途切れそうになりながらもできるようになった。
「テスさん。階段が!」
「おいおい、今度は上に行くのかよ!」
ラウルが雷の強力な一撃を使い、魔獣たちを怯ませた隙をついて階段を上った。
「はぁ、はぁ、はぁ……四十を前にしたおっさんには辛いぜ」
「はは、まだまだお若いですよテスさんは」
到着したのは岩を削ったような洞窟の空間にデカデカと存在する神殿だった。
「最終地点だったらいいんだけどな……」
二人は神殿に近づくと入口の前に石像があることに気が付く。
石像は頭部に角を生やした鮫のような顔、横に広がるヒレ、尾は十数本の触手が生えていた。
「これは……魚ですか?」
「………………」
「テスさん? どうしました?」
「ラウルもしかしたらだが、ここは……」
「ここは?」
「今まで発見例が無かった神獣の神具遺跡かもしれねぇ」
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