ゲーム開始前から攻略対象達を侍らせてる悪役令嬢に逆に断罪されそうなヒロインは私です
暇つぶしにどうぞ!
「ジブリール・ウォード!貴様がローラにした嫌がらせの数々、我らが知らぬと思ったか!貴様の罪を今日、この場で白日の元に晒してくれる!」
ははー、お代官様。と土下座したくなる言い回しで、カーリー公爵家の嫡男フレイ様が声高々に仰った。
卒業記念パーティーで和やかに談笑していた卒業生達の注目がカーリー様周辺に集まる。
突然始まった断罪劇に無関係で、たまたま近くにいただけの生徒達はさーっと離れて行き、カーリー様と関係者を囲む直径5メートルくらいの空間が出来上がった。
断罪劇の舞台の完成である。
名指しされた私は、不本意ながら出演者の1人のようだ。
「おい、僕は関係無い。離せ」
小声で私を非難しながら必死に舞台の外に出ようとしている男の二の腕に指を食い込ませて、逃亡を阻止する。
何逃げようとしてんだよ。
卒業後お前んちに嫁にいく、か弱い美少女がピンチなんだから守れよ。
劇が始まる前にいきなりだが出演者の紹介でもしておこう。
偉そうなイケメンお代官様役、カーリー様。
お代官様に守られるように立っている綺麗な令嬢役、ローラ様。
お代官様と共にローラ様を守るように立っているイケメン役A、B、C。名前忘れた。
お代官様に断罪されそうな美少女役、私ジブリール・ウォード。
お代官様に断罪されそうな美少女を見捨てようとしている男役、ランス・リガール。
「お前、ふざけんなよ、ホント」
ランスは私を睨み付けて小声で悪態をつく。
卒業後にカーリー公爵様の部下になる事が決まっているから、上司の息子に目をつけられたくない気持ちはわかる。
でも私1人悪役っぽくなるのは嫌だ。巻き添えになってもらう。
「お前最悪。僕の権限で婚約破棄に出来ればいいのに」
「ランスには無理~。レイモンド様は私を気に入ってらっしゃるから婚約破棄は絶対にあり得ませ~ん」
「くそっ…!父上も何故こんな奴と婚約を結びやがったんだ…!」
小声でこそこそ言い合っていると、お代官様が激おこモードで怒鳴り付けた。
「何をコソコソ相談している!今さら言い逃れは出来ぬぞ!」
そうだった、そうだった。
お代官様にローラ様に嫌がらせしたとか言いがかりをつけられていたんだった。
そう。言いがかりなんです。冤罪です、お代官様。
だって私にはローラ様に嫌がらせする理由もないし、そもそもそんなこと不可能なんだから。
ローラ・シルビュデュリシュア様。
めっちゃ唾飛びそうなんだけど、何でこんな家名つけたん?とお会いしたら是非由来をお聞きしたいシルビュデュリシュア公爵の一人娘だ。
白銀の髪に紫の瞳、雪のよう白い肌、すれ違ったら100%の人が二度見するほどの、ものすごい美人。
ちょっとつり目でキツそうな印象もあるけど、まぁゲームでは悪役令嬢の設定だからそこは外せないチャームポイントだよね。
この世界はとある乙女ゲームにそっくりの世界だ。
数年前、婚約者候補としてランスと初めて会った瞬間、前世の記憶が蘇った。
そして、私は前世にプレイした乙女ゲームのヒロイン『ジブリール・ウォード』に転生したという事に気が付いた。
ランスは、通常はヒロインの幼馴染でお助けキャラとして登場する地味メンだけど、色々と条件をクリアするとルートが拓かれる隠しキャラというやつだ。
ゲームの登場キャラであるランスに遭遇したせいで記憶が蘇ったものと思われる。
そんな乙女ゲームの世界で悪役令嬢として登場するはずのローラ様は、ゲームが始まる学園入学時点で既に攻略対象のほとんど(お代官様とイケメンABC)を取り巻きにしていた。
ゲームでは仲が悪いはずのお代官様達をあそこまで虜にしてる点からして、ローラ様は原作をプレイした事があり、お代官様達を攻略済みの転生者である可能性が高い。
ゲームのエンディングで、ヒロインとともに自分を断罪する予定の攻略対象キャラ達を自分の味方に取り込んで断罪を回避しようとしているようだし、ヒロインである私を警戒していることは明らかだったから関わるのはやめようと決めた。
変にちょっかい出して敵認定されたら身分的に相当不利な私は消されかねないし。
そもそも私は別に逆ハー狙ってローラ様を断罪する気もないし。
悪役令嬢のおさがりの男はちょっと…ってのもあるし。
まぁ、関わる以前に取り巻き達が常にローラ様に侍ってたから実質近づけないし、上位貴族と下位貴族とでクラスが分かれてるのもあって、顔を見たのも在学3年間で2、3回くらいだったら気にする必要は無かったけど。
そんなわけで、私とローラ様との接点は皆無。限りなく他人。
嫌がらせなんて無理無理。
そんなこともわからないのか、カーリー様はまわりの生徒に訴えるように語り出した。
「ここにいるウォード嬢は、ローラが複数の男と遊び回っているなどと言う根も葉もない悪評を広めたり、持ち物を壊すなどの嫌がらせを行った。そんな事をする人間は、貴族として相応しくないと私は考える」
こんな大勢の前で、しかも晴れの席でバカな言いがかりをつける奴の方が貴族として相応しくないと私は考えますけどね。
会場はシンと静まり返っている。
別にお代官様の口上に聞き入ってるわけではない。
みんな「いや、無理だろ」って心の中で思ってるけど言わないだけ。
男爵令嬢ごときが公爵令嬢の悪評を広められるわけないし(というか複数の男と遊び回っているって事実じゃない?)、警備兵だらけの学園内で誰かの持ち物を壊したりなんてことはローラ様の行動を近くで見ていて隙をつける同じクラスの人か、王家の暗部でもない限り無理だろう。
そもそも本当に私は何もやってないから証拠なんてあるわけないし、動機もないし、接点もないし、完全にただの言いがかりである。
私やローラ様のようにゲームの知識がある転生者じゃない限り、なぜ私に容疑がかかっているのかすらわかっている人はいないだろう。
事実、学園で私と行動を共にする事が多いランスも、「なんでこいつが容疑者になっているんだ?」と不思議そうな顔でお代官様を見ている。
色々と反論したいけど、貴族階級的には反論するのは不敬になっちゃうし…。
別にまだ爵位も無い、パパの権力を傘に着ただけのお坊っちゃまに何言われても怖くもなんともないんだけど、どうするのがいいだろう。
私が作戦を練りながら黙っていたら、背後からイケメンボイスが響いてきた。
「一体なんの騒ぎかな?外まで聞こえているよ」
イケメンボイスを響かせながらやってきたのは、王族だけが許された豪華絢爛な式典用の礼服を身に纏ったイケメンだった。
「殿下!どちらにおいでだったのですか!わたくし、殿下がエスコートしてくださると信じてギリギリまでお待ちしておりましたのに…!」
イケメン…第三王子が私の横までくると、それまでお代官様の後ろでおとなしく守られていたローラ様が今日はじめて声をあげた。
え、政略とはいえ婚約者であるローラ様のエスコートすっぽかしたの、この人。最悪。
非難の目を向けたのに、何故かにっこりと微笑む殿下。
イケメンて微笑めば許されると思ってるところあるよね。最悪。
「おい、やめろ。殿下を睨むな。僕まで不敬罪にされたらどうしてくれる」
ランスは外見も中身もフツメンだからそういうところ無くて気に入っている。
「…なんか失礼なこと考えてやがるな?」
「さすがランス。昔から私の事なんでもわかってるね!好き!」
「うざい。やめろマジで。無駄に腐れ縁なだけだろが」
「一生の付き合いになるよ。嬉しいでしょ」
「くそ、婚約さえなければ…」
こそこそ小突き合っていると、殿下が存在感を示すための咳払いをしたので黙ってさしあげることにした。
殿下はローラ様に目を向けると、フッと息を出すように微かに笑って言う。
「私が行かなくてもエスコートしてくれる男には困っていないだろう?」
行事ごとにエスコート相手をとっかえひっかえしているローラ様に対しての嫌味だ。
殿下が忙しくて行事に遅れて出席することが多かったからとはいえ、婚約者以外にエスコートされるなんて本来あってはならない。
ローラ様はさぁっと顔色を無くす。
お代官様(とイケメンABC)はそんなローラ様を庇うように前に出る。
「殿下!ローラは悪くありません!我々が寮の前で待ちぼうけしていた寂しそうなローラを放っておけず、無理矢理会場までお供しただけの事!悪いのは我々です!」
殿下が来なかった事をチクチク責めつつローラ様を庇うお代官様。
すげえ。王族に対して物申すなんて、命が惜しくないのだろうか。
「まあ、殿下を睨むお前も同じようなもんだけどな」
「大丈夫。殿下は下位貴族の小娘の言動を気にするようなちっちゃい方じゃないもの。公爵家の倅の言う事はきっちり正面から受け止めて罰した方がいいと思うけど」
「…確かに、殿下はお前が昨日シカトした時もしょんぼりした程度で全然怒ってなかったな。何故か。ていうかシカトすんな。不敬罪に巻き込むな」
「だってエスコートのお誘いイベントでも起こったら面倒じゃん。ルート入ってローラ様に目ぇつけられたくないし、ランスをフリーにして変な女にちょっかいかけられても嫌だし。かといって王族からの誘いは断れないし、シカトが一番なんだよ」
「いや、断っても構わないからシカトはやめてくれないだろうか。傷つく」
ロイヤルイケメンゆえに今まで女子に冷たくされたことがない殿下は、これくらいの事ですぐに落ち込む。
ランスの鋼の忍耐力を見習った方がいい。
「で、殿下…?!そこの男爵令嬢のエスコートをするおつもりだったのですか…?わたくしという婚約者がおりますのに…?」
ローラ様が悲壮感漂う顔で殿下に問う。
っていうか男爵令嬢って呼び方はなんなの。何度もお代官様が私の名前言ってたでしょ。
あえて身分で呼んだのはなんで?男爵令嬢ごときが殿下に近づくんじゃねえわよってことですか?
むっとしてローラ様にガンを飛ばしていると、殿下が何故か私を守るように前に出て、爆弾発言をした。
「私とあなたとの婚約は解消される事になったからね。あなたをエスコートする義務はない」
「え…」
ローラ様が固まった。カーリー様やイケメンABCも驚きで目を見開いている。
へぇ、そうなんだ。婚約解消かぁ。
「いや、お前はなんでそんな落ち着いてるんだよ」
「え?なんでって、そりゃ解消されるでしょ、普通。遅かったくらいだよ」
ランスがこそこそ耳打ちしてきたので答える。
「未来の王子妃ともあろう方が、あんなに堂々と複数人と浮気して許されるわけないでしょ」
「…まぁ、確かに僕が殿下の立場だったらあんな風に男侍らせてる女は嫌だな」
「というか私以外にも驚いてない人いっぱいいるよ」
まわりで話を聞いていた生徒達のほとんどが納得したような顔でローラ様を見ていた。
ローラ様はそれに気が付いたのか、周囲を見回して困惑している。
浮気しているという認識じゃなかったのかもしれない。
ただの友人です、みたいな。
でも、流石に婚約者以外の男性と一対一でお茶を飲んだり、エスコートされたり、手作りのお菓子を差し入れしたり、プレゼントを贈り合ったり、お忍びで町に遊びに行ったり、馬に二人乗りして遠出したり、今みたいに腰に手をまわして支えてもらったり、なんて、周りから見たら恋人同士としか思われないでしょうよ。
それを、同じく婚約者のいる複数の男性相手(お代官様とイケメンA、B、C)に何度も繰り返していたらしい。
頻繁にそんな目撃情報が噂として流れていたから、学校中では誰でも知っている。
ローラ様としては、ゲームの中で「ヒロイン」がやっていた行動を「攻略対象キャラ」相手にこなして好感度を保ったり、イベント起こしてスチル集める感覚だったのかも知れないけど、ここ、ゲームじゃなくて現実だからね。
その事を、実際ゲームの知識を元に行動してもメイン攻略対象キャラである殿下の好感度が低いってところで気づければ良かったのに。
ゲームの世界と似ているだけで、同じではない。
ローラ様のとった行動はただの浮気であり、許されることではないのだ。
「そ、そんな…わたくしとの婚約を破棄だなんて…ゲームのエンディングと一緒じゃない…」
「ゲーム?何を言っているのかわからないが、破棄ではなく、解消だよ。王子妃としては相応しくなかったと王家が判断したけれど、破棄というほどの過失があるわけではないから、公爵家とも協議の上、円満に解消ということになったんだ」
「そんな…そんな…」
ローラ様はふらふらと殿下の方に歩み寄ってくる。殿下の護衛が遮るように道を塞ぐ。
「わたくしではなく、そこの男爵令嬢を王子妃になさるおつもりなのですか…?」
ローラ様は何か言おうとする殿下の声を遮って、殿下の肩から少しだけ顔を出している私を睨みつけながら続けた。
「そんな、何の権力もない女では、殿下の後ろ盾になどなれないではありませんか!わたくしは公爵家の娘ですのよ!?わたくしを妻にすれば殿下は王太子になれるんですのよ!?それに、わたくしの方が美しく、教養もあり、誰よりも殿下に相応しいですわ!!そんな女、そこの隠しキャラのくせに地味で塩顔のリガール子爵令息と結婚するのがお似合いですわよ!隠しルートに進んでそいつと婚約しているんでしょう!?わたくしの殿下をとらないで頂戴!!逆ハー出来なくなった腹いせでわたくしの最萌えキャラを奪おうというの!?このビッチが!!」
誰にも口を挟ませないまま一気に言い切ったローラ様は、肩で息をしながら私を鬼の形相で睨みつけている。美人が怒ると超恐い。
いまものすっごくディスられたけど、そんな不快感なんて吹き飛ぶくらい恐い。
周りの生徒も、お代官様も、イケメンABCも、みんな目と口を開けたまま固まっている。
なんとなくランスを見ると、地味な塩顔と言われたことがショックなのか、困惑した顔でこっちを見てから、おずおずと挙手をした。
「あの、訂正させていただけますか」
ランスはすごく不服そうな顔をして私を見ながら、言った。
「私とジブリールは婚約しておりません」
そんな不服そうに言わなくてもいいのに。ひどい奴だ。
「え…そんなはずは…だって、いつもあなたがエスコートをしているじゃない…」
ローラ様は口を開けたままランスを呆然と見る。
まあ、ゲームのシナリオの通りにしか進まないと思っているローラ様にはそう映ってたんでしょうね。
ゲーム中のイベントで度々開催されるパーティーでヒロインのエスコート役になるのは一番好感度の高いキャラだから。
だからこそ、ローラ様に目を付けられないために殿下からの誘いをシカトしてたんだけど。
「エスコートしていたのは父に頼まれて仕方なくしてただけです」
「仕方なくなんてひどい…!私達、もうすぐ家族になるのよ…?」
「お前!お前がそういう言い回しをするから勘違いされてるんじゃないのか!?」
「勘違いって何の事?私はリガール子爵の妻になるんだから、ランスは義理の息子になるって事で、家族になるでしょ?」
ローラ様が驚いたようにこっちを見る。
「わざとやってんだろ!僕がまわりに勘違いされるたびに訂正して回るのを見て笑ってただろーが」
「だって、ランス面白いんだもん」
「ふざけんな!父上が聞いたらやきもち焼いて俺に八つ当たりするために海洋騎士団の演習に無理やり連れていかれるんだぞ!」
「レイモンド様ったら…。私は若い男にこれっぽっちも興味ない事ご存じのくせに♡」
「若い男に興味がないですって…?」
ローラ様は驚愕した顔で私を見る。
なに、その珍獣を見るような目。
「私がジブリール嬢にエスコートを申し込もうとしていたのもそれが理由だよ」
殿下が息を吐く。
「私が未婚の特定の令嬢を誘えばまわりから何を言われるかわからないからね。その点、ジブリール嬢なら若い男は対象外だと知られているから問題ないし、私とリガール子爵とは昔から懇意だからね」
そう。ランスが私の事を自分ではなく父の婚約者だと訂正して回ったせいか、私がおじさま好きの変わった令嬢という事が広く知れ渡っていた。
ローラ様達が知らなかったのなら、上位貴族の方々にはあまり知られてなかったようだけど。
ちなみになぜ殿下は知っていたかと言うと、殿下は幼少の頃に剣術の手ほどきを受けたとかで、マイダーリン♡リガール子爵のことを尊敬しているらしく、婚約者である私に絡んできていたからである。
リガール子爵がどれだけ素晴らしい人かを語り合う相手が出来て嬉しいとかなんとか言って、ちょっと鬱陶し…暑苦し…面倒くさかったから相槌だけ打ってほぼシカトしていたけど。
というか、そもそも殿下が私に付きまとってきたりしなければ、こんな面倒な事に巻き込まれなかったかもしれない。
迷惑な王子様だ。
「そんな…それならばわたくしは一体何のために10年以上かけて…」
ローラ様は力が抜けたようにその場にぺたりと座り込んだ。
ヒロインに婚約者を盗られないように、エンディングで断罪されないように、いつか現れるヒロインに怯えながら、まわりの顔色をうかがって生きてきたのだろう。
だから、悪い噂が流れたり、ものが盗まれるような嫌がらせを受ければ私がやったと思いこみ、お代官様達と一緒に逆に私を断罪してやろうと思ったのだろう。
多分、嫌がらせはローラ様を妬んだ上位貴族の令嬢達がやったんだと思うけど。
例えば、近くにいるお代官様やイケメンA、B、Cの婚約者達とか。
お代官様が気遣わしげにローラ様の体を支えながら立ち上がらせる。
この場にいるべきではないと判断したのだろう、お代官様は殿下に頭を下げてから会場の出口に向かってローラ様と歩き出す。
殿下はローラ様の背中を見送りながら声をかける。
「さようなら。シルビュビュ…シルビュディデュ…シルビュ…デュリシュア公爵令嬢」
噛んだ。
◆ ◆ ◆
「結局、シルビュデュリシュア公爵令嬢はカーリー公爵令息と婚約を結び直して領地に引っ込むんだと」
久々に領地に帰ってきたランスがそんな情報を持ってきた。
「へえ。良かったじゃない。カーリー様にとったら初恋の女の子を殿下から奪えてラッキーだし、ローラ様も修道院にいかなくて済んだし、ハッピーエンド!」
「呑気だな、お前は。ビッチだなんだと言われたのに」
「えー、そんな半年も前の事忘れたよ。っていうか、「お前」じゃないでしょ?ちゃんと「母上」って呼ばなきゃ駄目でしょ?」
「絶対呼ばねえ」
ランスがそっぽを向いた。
卒業してすぐにレイモンド様の元に嫁いだ私は、今はランスの継母、子爵夫人だ。
しかし、ランスは同い年で幼馴染みの私を「母上」とは呼びたくないらしい。
正直、私も別にランスにそう呼ばれたいわけではないけど、嫌がるランスが面白いから呼ばせようとしている。
「もうっ、レイモンド様に言いつけちゃうから!」
「言いつけるもなにもそこにいるだろうが」
ランスは眉間にしわを寄せながら、私を膝の上に乗せて寛いでいるレイモンド様を見る。
「いい歳して娘みたいな年齢の女といちゃつくなよ。しかも息子の前で」
「いちゃつくのに歳は関係ないだろう。な?ジブリール」
「はい♡レイモンド様♡」
「王都に帰る」
レイモンド様と微笑みあっていたらランスが無表情で立ち上がったので、「まぁまぁ」「いいからいいから」と落ち着かせてもう一度座らせる。
「大体なんなんだよ、直接伝えたいことがあるからすぐ領地に戻れって。この忙しい時期に新人のくせに休暇願い出しやがって、ってカーリー公爵にグチグチ嫌味を言われたぞ。ろくな用事じゃなかったら縁を切るからな」
腕組みをして不機嫌そうなランスに、レイモンド様と私は満面の笑みを向ける。
「実は、できたんだ」
「できた?何が…………」
ランスは言いかけて、途中で止まった。
レイモンド様が私のお腹を愛しげに撫でていた事で察したようだ。
「えっ、ああ、それは、めでたい…」
「妊娠7ヶ月だ」
「そう………ん?結婚して半年で妊娠7ヶ月?は?」
「新婚だからって暴走してしまったな」
「うふふ、レイモンド様ったら♡」
お互いの頬をツンツンし合ってイチャついてたら、ランスがうんざりした顔でため息をついた。
「男の子だったらレイモンド様似の逞しい子になって、レイモンド様のように海洋騎士団の団長になるかしら」
「ランスは船酔いが酷くて嫌だと俺の跡を継いでくれなかったからな」
「…僕が王都で文官になったこと根に持ってんのか?」
「女の子だったらレイモンド様似のおおらかな子になって、レイモンド様のように海洋騎士団の団長になるかしら」
「ランスは騎士より文官の方が自分には向いてるからと言って俺の跡を継いでくれなかったからな」
「どっちにしても僕のせいで海洋騎士団団長になる運命なんだな」
そう言って溜め息をつきながら、ランスは苦笑を漏らす。
レイモンド様と私も、お互いの顔を見つめながら微笑み合う。
数年前、婚約者候補としてランスと初めて会った瞬間、前世の記憶が蘇った。
けれど、そんなもんどうでもいいくらいの衝撃が走った。
ランスの横に立つ、レイモンド様と出会ってしまったから。
がっしりとした長身に、彫りの深い精悍な顔つき。
当時10歳だった私は、32歳だったレイモンド様に、一瞬で恋に落ちたのだ。
そして、ランスそっちのけでレイモンド様にその場でプロポーズした。
子供の戯れ言だろうと思われて、すぐには私の気持ちを受け入れてもらえなかったけど、何年経ってもプロポーズし続ける私に、レイモンド様も両親も折れた。
ランスのお母様はランスを産んですぐに亡くなられていて、レイモンド様もまわりから後妻を迎えてはどうかと言われていたらしい。
そんなこんなで私が15歳の時にようやく婚約が結ばれた。
ただし、学園を卒業する18歳までに私の気持ちが変わるようならすぐに白紙に戻す、という条件付きで。
もしも学園で素敵な人と巡り合ってしまったとき、足枷にならないようにとレイモンド様が提案してくださったのだ。
そんな心配なんてしなくていいのに、私を思ってそう言ってくれるレイモンド様は本当に素晴らしい人だ。愛しすぎてつらい。退学してすぐ嫁に行きたいと何度思ったか。
8年の片思いが実を結んで、こうして最愛の人の家族になれて、ものすごく幸せだ。
私がこの世界に転生したのは、王子様やお代官様やイケメンABCに出会うためではなく、隠しキャラの父、レイモンド様に出会うためだったのだと思う。
「レイモンド様、愛してます♡」
「俺もだぞ、ジブリール」
「そういうのは寝室でやれ!」
◆登場人物紹介◆
ジブリール・ウォード…とある乙女ゲームのヒロイン。
ランス・リガール…ジブリールの幼なじみ。地味な塩顔の隠しキャラ。
ローラ・シルビュ…リュディ…シュア?…唾飛びそうな家名の悪役令嬢。作者も名前忘れた。
フレイ・カーリー…お代官様。
王子様…第三王子。名前はまだない。
イケメンA、B、C…ローラの取り巻き。名前は(以下略)