チョコレートのカップ
「チョコレートのコップがあったら良いのに。」病的な甘党の旧友が居た。彼女と僕はカフェでカップを交わすことが趣味だったのだが、或る日、急に彼女がそう呟いた。「どうしたの、そんな唐突に。」すると、小さな口周りに茶色を付けた彼女は、ん、と張りのある唇を突き出して答える。「だって、それで飲めば何でもチョコレートの味になるじゃない?」まあ、そうだけど……、と言葉を濁した。何、と眉頭を寄せる彼女の手の中のカップに、茶の水面が揺れていた。湯気立つそれからは蒸気と共に、やけに甘ったるい香りが昇っていた。あ、と声を漏らすと、どうしたの、と不思議そうに目を丸くする。「チョコレートのカップなら、もうあるじゃないか。」首を傾げて難解そうな顔をする彼女は、何も分かっていずまま手中のカップに口を付けた。僕はコーヒーを飲む。見た目は同じに見えるだろうが、彼女が持つのはチョコレートの入ったカップ。そう、「チョコレートのカップ」なのだ。
それは甘い記憶。同時に微苦い記憶。まるでチョコレートとコーヒーのような、忘れられない、そんな記憶。
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