姫様とグレンの手合わせ
「ふぅ……。」
何千回目の素振りを終えるとアナスタシアは地面に尻をつけた。
「はぁ……はぁ……ちょっと休憩……。」
息を整え立ち上がると水を貰いに一旦屋敷に戻る。廊下にいたメイドに水を頼むとすぐにグラスに入れて持ってきてくれた。
「ありがとう。」
「いえ、それよりご昼食はいかがなさいますか?」
「あー、頂けるなら頂こうかな。」
「かしこまりました。ではもう少ししたらお部屋にお持ちいたします。」
部屋まで持ってきてくれるというのでアナスタシアは鍛錬を一旦切り上げ部屋へと戻る。三階まで来ると他のみんながどうしているのか気になり自室の隣、プリシアの部屋をノックする。
「は~い!」
すぐに返事が聞こえたのでアナスタシアがドアを開け中へと入る。
「あら、姫様。どうなさいました?」
プリシアはどこから持ってきたのか編み棒を両手に持ち毛糸を編んでいた。
「あっ、これですか?ルードさんに頼んでお借りしたんですよ。編み物しながら考え事をしてると集中できるんですよ。」
アナスタシアはベッドサイドに座る。
「姫様は何をしてたんですか?」
「中庭で剣振ってた。もうすぐ昼食らしいから続きは午後から。」
「そうでしたか。私も先ほど昼食は部屋まで持ってきて頂くようにお願いしたところです。」
二人は昼食が来るまで他愛もない話をして過ごし、プリシアの部屋で一緒に食事を終えると、アナスタシアはメイドに頼んで水筒に水をもらい、中庭へと向かう。
「……は?」
なんとなく屋敷を見上げると三階の窓から人がぶら下がっている。
「グ、グレン?」
アナスタシアが目を凝らして見るとグレンは窓枠に片手、いや、片手の指一本でぶら下がっていた。するとアナスタシアの視線に気づいたのかグレンがこちらに顔を向け手を振る。パッと手を離し身軽に二階の窓枠、一階の庇へと飛び移りこちらにやって来た。
「よぉ!剣の稽古か?」
「うん、グレンはいつもあんなことしてるの?」
「ん?あぁ、まあな。それよりどうだ手合わせ願いたいんだが。」
「え?手合わせ?」
「ああ、一人で剣を振るのもいいが、乱取り稽古も悪くねーぜ。」
確かに、とアナスタシアは思う。目の前に敵を想定しての鍛錬も悪くはないが、やはり相手がいると上達速度も違うだろう。
「うーん。それは私も願ったりだけど……稽古用の木剣がないし。」
「んなもんいらねーよ。」
「……むっ。私の技量じゃ当たらないってこと?」
アナスタシアが些か気分を害したように言う。
「えっ!いやいや、そういう訳じゃ……。」
グレンが取り繕う。
「ふぅ……まあそこまで気にするなら仕方ない。ちょっと待ってろ。」
そう言うとグレンは来た道を戻ってピョンピョンと三階の自室へ窓から入る。しばらくすると再び何かを持ってやって来た。
「それは?」
アナスタシアが尋ねるとグレンがほいっと持っていたものを投げる。アナスタシアが受け止めて見てみると、籠手だった。
「本気で闘る時に使うやつだ。それなら気にせずやれるだろ。」
「ああ、わかった。」
アナスタシアの目が僅かにギラっと光った。グレンもアナスタシアの雰囲気の変化を感じ楽しそうに笑う。
「本気で来いよ。それでも俺は捉えられんぜ。」
グレンが微かな火に油を注いだ。
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