姫様とメル
アナスタシア達が村を訪れてから丸五日、魔物の襲撃は未だにない。
その間も当然討伐隊は油断せず毎晩見張り立ち、アナスタシアとヴォルフは村中を視察のため村長の案内で歩き回っていた。
しかしタンザ村は偏狭の小さな村である。
視察など一日もあれば十分なのである。
いよいよやることのなくなったアナスタシアは日中は宿屋の娘のメルの遊び相手をしたり、ヴォルフに勉学を教わったりと緊張感のない日を過ごしていた。
今日も早めの夕食をとったら討伐隊たちは各々の持ち場へと向かい、アナスタシアとヴォルフは留守番である。アナスタシアが一階でヴォルフとともに食後のティータイムを過ごしているとメルがトコトコとアナスタシアの側に寄ってきた。
「あなちゅたちあたま~」
覚えたての名前を呼びながらやってくるメルに向かってアナスタシアが自分の膝の上を叩く。
メルを持ち上げ膝の上に乗せてやると嬉しそうに手を叩いている。
「こらっ!メル!お前姫様になんということを!」
宿屋の女将が慌てて飛んでくるが、アナスタシアが笑顔で制す。
「いや、いいんだ。私もメルが大好きだし、妹ができたみたいで嬉しいんだ。」
「あ~姫様……勿体ないお言葉を……。」
「フォフォフォ……すっかり懐かれましたな姫様。」
ヴォルフも孫娘二人を見るような温かい笑みを浮かべながら言う。
城にはアナスタシアと歳が近い者はプリシアくらいしかいない。
幼い頃に母を亡くしたアナスタシアがこうして小さな子供と親しくすることで少しでも日々の重圧が癒されればとヴォルフは密かに思うのであった。
しばらくの間遊んであげているとメルもウトウトとしてくる頃、女将に抱っこされながら部屋へつれていかれるメル。
またヴォルフと二人になったアナスタシアが話を振る。
「今晩も待ちぼうけかな……」
「ふむ、こればっかりは魔物しだいですからなぁ。待ち疲れましたかな?」
「いや、そんなことはないんだけど……」
別に飽きたとか待ち疲れたというわけではない。
しかし、なかなか現れない魔物に対してアナスタシアの中で僅かな苛立ちが湧き始めたのも事実である。
「そろそろ儂は部屋に戻らせて頂きます。姫様はどうなさいますかな?」
「私も戻るよ。」
連れだって二階へ上がり自室へと戻る。
ボフッとベッドにうつ伏せに倒れこむアナスタシア。
深くため息をつきながら未だ見ぬ魔物に怒りを覚えるのであった。
※※※※※
村の北側の見張りを担当していた二人がその影に気づいたのは日付が変わって半刻ほどした頃であろうか。
篝火の明かりが届くぎりぎりの距離。
目を凝らさないと見えないくらいの場所に僅かに動く影が見えた気がした。
二人で見てみるが確かに影はあるが魔物なのか野生の動物か判断ができない。
二人の兵士は頷き合うと片方が弓矢を手にする。
野生の動物なら可哀想だが確かめる手段がこれしかない。
影に向かって矢を放つ。
刺さるかと思った刹那スッと影が避けた!
そう思った瞬間、もの凄い速度でこちらに向かってくる。
遠目では大きさを計りかねたが跳びかかってくる影は人間の大人程はあった。
二人の兵士は即座に魔物の襲撃と判断し、片方が大きく息を吸い込み肺活量の限り笛を吹いた。
もう一人が剣と盾を構え、魔物の突進に備える。
明るい場所で魔物を見ると、なるほど茶色の体毛で覆われた猿のような外見だ。
禍々しい牙が生え体躯の割にかなり腕が長い。
笛を吹いた兵士も剣と盾をもち魔物に対峙する。
笛の音は村中に届いた筈だ。
あとは、隊長たちの到着まで時間稼ぎをすればいい。
魔物から目を離さずに間合いを測る兵士たち。
魔物も初めて見る兵士に喉を鳴らし威嚇している。
このまま睨み合いが続けばいいのだが、魔物が先に仕掛けてきた。
鋭い爪を剥き腕を伸ばし切り裂こうと腕を振るう。
盾を使い攻撃を受け止める兵士だが思った以上の腕力で凪ぎ払われる。
「大丈夫か!」
「ああ、気をつけろ!こいつ……なかなかの力だぞ!」
すぐさま立ち上がり構え直す兵士。
再度飛びかかろうと身を屈めた魔物が何かに気付き後ろに大きく飛んだ。
先ほどまで魔物がいた位置に数本の矢が刺さる。
「二人とも無事か!」
「隊長!」
「はっ!我々は大丈夫です!」
笛の音を聞いたオライオンと他の場所を見張っていた兵士が駆けつけたのだ。
「よし、手筈通りに弓の三人は後方から援護。残りは私とともに剣で応戦するぞ。」
「「「はっ!!」」」
オライオンの指示に従う兵士たち。
五日目の深夜、討伐隊は遂に魔物と交戦するのであった。
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