姫様、湿原をゆく
木の板の上を歩く音を響かせながら三人はナメル湿原を進む。
板の道幅は二人がすれ違うのが精一杯程度であとは湿地帯が広がっている。
蛙の鳴き声を聴きながら歩を進める三人。
「はぁ~。それにしてもジメジメしてますね~。」
プリシアが辺りを見渡しながら言う。
「ここは世界でも三番目に広い湿原じゃ。しばらくは我慢じゃな。」
「そんなに広いんですかぁ。」
プリシアが感心しているとチャプンッと蛙が飛び込む音がした。
「とはいえ、早くここを抜けた方がいいのは確かだね。」
「シム村の人にも忠告されましたしね。」
三人は村を出る時に宿の女将からナメル湿原で行方不明者が何人か出ている話を聞いていた。
曰く、
「あそこは昔から珍しい薬草が生えてるみたいなんだけどね、ここ何ヵ月かでもう三人も薬草採りにいった連中が行方不明なんだよ。王都の兵士様が一人探しに行ったんだけどね。それもいなくなっちゃってね。お客さん達も気を付けなよ。」
だそうである。
いかにも魔物の仕業のような話だ。
アナスタシア達は敢えて進路は変えず討伐も兼ねてナメル湿原へとやって来た。
先頭をアナスタシア、真ん中をプリシア、殿をヴォルフという隊列を組み湿原を歩く一向。
幸い一日目は何事もなく進み黄昏時となった。
丁度、開けた場所に出たので少し早いが夜営の準備にとりかかる。
「あれ?姫様、ここに焚き火の後がありますよ。」
「ん?本当だ。前にここを歩いた人が残していったんだな。」
「ほう、それは助かりますな。湿原を抜けようとする者達はだいたいがここで休むのかもしれませんな。」
「あとは、薪が必要だけど……さすがにそこまで親切じゃないか。探してくるよ。」
そういうとアナスタシアは器用に湿地から出ている岩の上を飛び移り林の中に入っていく。
「姫様~!お気をつけて~!」
プリシアの声がこだまする。
「どれ、儂らも回りを探してみようかの。」
「はいっ!」
ヴォルフとプリシアも周辺を探索しなるべく乾いた木の枝を探す。
しばらく手分けして薪の代わりになりそうな枝を持ち寄る。
「まっ、これだけあれば一晩もつだろ。」
「ふむ、では儂が。」
ヴォルフが魔術で枯れ枝に火を放つとパチパチと燃えだした。
交互に見張り番をすることにしてその日は休む事にした。
※※※※※
明朝、焚き火の始末をしてから再び湿原を進む三人。
昨日よりも霧が濃く視界が悪い。
慎重に進んでいるとアナスタシアは僅かに視線を感じた。
(見られてる……?)
極々僅かな気配がする。アナスタシアは歩みを止める。
「姫様?」
プリシアが何事かと問うような視線を向ける。
「ふむ、尾行られておるか……。」
ヴォルフも僅かに緊張している。
「しかしこの気配の消し方は人というよりは……。」
ヴォルフが言いかけた時、霧が一層濃くなった。
それを見計らったように側面から何者かがアナスタシア達に向け飛びかかってきた。
アナスタシアは大きく飛び退く。ヴォルフもプリシアを抱え何者かから距離をとった。
「なっ!と、虎?」
それは体調七尺程の野生の虎であった。
「なるほど、追跡者の正体はこやつか。」
「どおりで気配を消すのが上手いわけだ。」
アナスタシアとヴォルフは臨戦態勢になる。
虎は姿勢を低くして唸っている。どちらの獲物から刈るか悩んでいるようだ。
一瞬虎が身体を沈めるとアナスタシアに向けて跳躍した。
剣を構え迎え撃つアナスタシア。
しかし、次の瞬間その視界から虎が消える。
「えっ……。」
ズシャーッと湿地に落下する虎。
すぐさま立ち上がるが脳震盪でも起こしているのかフラフラしている。
呆気にとられるアナスタシアの前に影が降りる。
「危なかったな、嬢ちゃん。」
「え?」
目を丸くするアナスタシア。
目の前には男が立っていた。
「お主、何者じゃ?」
ヴォルフが背にプリシアを庇いながら尋ねる。
ヴォルフの目には先程この男がアナスタシアに襲いかかる虎を蹴り飛ばす光景が見えていた。
改めて見るとこの男の風体、筋骨隆々としており引き締まった身体つき。
肩までの黒いシャツに黒いズボンを帯で留めている。
先程の蹴りも流麗でかなりの実力を秘めていると見た。
「そう警戒しなさんな。あの虎を追ってたらあんたらにでくわしただけさ。」
「あの虎を?」
「ああ、今夜の晩飯にしようかと思ってな。」
これにはヴォルフも呆気にとられる。
「俺はグレン。グレン=フォン、武道家だ!」
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