姫様、伝える
「なんと……ここでしたか。」
「灯台もと暗しか。」
アナスタシアとヴォルフは褒章の為に王都に招待された際に泊まっていた都で一番豪奢な宿に来ていた。
酒場で聞いた話ではここでロンの母親が働いているらしい。
「姫様、本当によろしいのですか?」
「ああ、私が話すよ。」
そう言うとアナスタシアは宿の受付へと向かう。
「すまない、この宿でマルダ=フーコーという人が働いてると思うんだけど。」
「え?はい、確かにマルダ=フーコーはうちの従業員ですが。」
受付係はアナスタシアを怪訝そうに見ている。
「あっ……えっと……フーコーさんに話があって。仕事中なら終わる時間を教えてくれればまた来るよ。」
「は、はぁ……。少々お待ち下さい。」
受付係はカウンターを離れて裏へ入ってしまった。
しばらくすると受付係が戻ってきた。
「お待たせしました。もう少しで休憩みたいですので話があるようでしたら伺うと申してますが。」
「ありがとう。じゃあ少し待たせてもらうよ。」
「かしこまりました。ではそちらでお待ち下さい。」
アナスタシアとヴォルフはラウンジで待つことにした。しばらく待っていると、エプロンをした小太りの女性が手を拭きながら現れた。
アナスタシアと目が合うとこちらにやって来る。
「あんた達かい?私に用があるってのは?」
「はい。私はアナスタシア。こっちはヴォルフ。」
「はぁ、どうも。ん?あんた……。」
マルダはアナスタシアの顔をじろじろと見る。
「あっ!あんた前に中庭で剣振り回してた!」
「あっ………!」
そこまで言われてアナスタシアも思い出す。
ロンの母親は以前にこの宿に滞在していた時に話した従業員だった。
「あの時のお嬢ちゃんが私になんの用だい?」
マルダが不思議そうに二人を見ている。言葉が出てこないアナスタシアに代わりヴォルフが話す。
「ミセス.フーコー。実はご子息の事でお伝えしたい事があります。ここではなんですし、少し場所をかえませぬか?姫様、ここは儂が……。」
マルダを連れて移動しようとするヴォルフを手で制してアナスタシアがマルダに言う。
「マルダさん。中庭に行きませんか?そこでお話します。」
「え、ああ……。あんたらロンの事知ってんのかい?」
「はい、まぁ。」
「はぁ……あの子はどうしてた?元気にしてたかい?」
マルダが心配そうに尋ねるがアナスタシアは言葉を濁すばかりだ。
中庭に来ると二人でベンチに座る。
少し離れてヴォルフが二人を見守っている。
「マルダさん………実は……。」
※※※※※
遠巻きに二人を見守っていたヴォルフの元にアナスタシアが歩いてくる。
「ジイ、ロンの遺品を。」
「はっ、どうぞ。」
ヴォルフは背負っていたロンのズタ袋をアナスタシアに渡す。
アナスタシアはそれを受け取ると、ベンチに座り呆然としているマルダの元に戻っていく。
アナスタシアからズタ袋を受け取るとギュッと抱きしめ、マルダは泣き崩れた。
アナスタシアはしばらくマルダの肩を抱きながら何事か言っていた。
慰めているのか、謝っているのか、ヴォルフの位置からは聴こえない。
どれくらいそうしていただろうか。
アナスタシアがマルダに一礼してヴォルフの元に歩いて来た。
「行こうか。ジイ……。」
「御意。」
中庭を去るアナスタシアにヴォルフが付き従う。
王都の兵士には今回の魔物討伐の手柄は全てロンのものにして欲しいと伝えてある。
派遣隊の隊長も二人の意志を尊重してくれ、上にはそう伝えると約束してくれた。
報奨金は母親のマルダに渡される。
ロンは特別に兵士としての勲章が与えられることになるそうだ。
これがどれだけあの親子の救いになるのだろうか?
アナスタシアはわからなかった。
わからなかったが、少しだけ父の顔が見たくなった。
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