姫様、呼ぶ
「……!!」
アナスタシアは思わず息を飲む。
魔術師が二人がかりでロンの腹部に手を当てて魔術による治療を行っていた。
しかし、誰が見ても手遅れなことは明白だった。
胸部から腹部にかけて魔物の爪に串刺しにされたロンは血の気はなく蒼白な顔色をしており目は濁っていた。
「ロン!しっかりしろ!ロン!!」
アナスタシアが大声で呼び掛けるも反応はない。
治療にあたっている魔術師が苦々しく言う。
「なんとか止血はできたがここまで傷が深いと……。」
「そんなっ……医者は!?医者を呼んでくれ!」
アナスタシアが近くの兵士に頼むが兵士は首を横に振る。
「すまない。町中の医者が今怪我人の治療で駆り出されているんだ。」
「くそっ!死ぬなよロンっ!ジイ!ジイ!来てくれ!」
離れた場所で兵士達と魔物の生死を確認していたヴォルフを呼ぶアナスタシア。
それに気づきヴォルフが走ってやってくる。
「ジイっ!ロンが魔物に……。魔術で治してやってよ!」
アナスタシアがヴォルフに懇願するがヴォルフは眉間に皺を寄せ辛そうにしている。
「残念ですがここまで酷いと……。おそらく気休め程度にしか……。」
「そんな……。」
ロンの傷は誰が見ても致命傷だった。
腹部は半分抉りとられ内臓がまろび出ている。
それでもヴォルフは膝をつきロンの腹部に手を添えて魔術による治療を試みる。
祈るようにロンを見つめるアナスタシア。
「…………シャ……れ……やっ……。」
ロンの口が微かに動いた。
「………ナ……お……。」
「なんだ!?ロン!しっかりしろ!ロン!」
「……シャ……俺……。たぜ……。」
「ロン!もういい喋るな!必ず治るから!しっかりしろ!」
アナスタシアがロンに必死に語りかける。
「彼の言葉を聞いてやって下され。もう……。」
ヴォルフが諭すようにアナスタシアに告げる。
「うっ……。そんな……ヴォルフ……だって……。」
「何卒。」
「くっ……!」
アナスタシアは歯を食い縛りロンの口元に耳を近づける。
「ナーシャ……俺……やったぜ……。」
「ああ!そうだ、君はあの人を守ったんだ!」
「ハハ……俺だって……やる時ゃ……やるんだぜ……。」
「ああ、ああ。そうだな、君は立派だった……。」
「これで俺も……兵士になれるよな?」
「ああ!なれるよ!君は魔物討伐の英雄だ。だから死ぬな!」
「ハハ……だよな……これで母ちゃんに……楽させて……やれる……。」
「そうだ、君はお母さんの為にも生きて帰らなきゃ!」
「ああ……帰らないとな………………………………母ちゃん……。」
ホッと息を吐き、ロンの呼吸が止まった。
「ロン?おいロン!しっかりしろ!ロン!ロン!」
アナスタシアがロンの肩を揺さぶり何度も呼び掛ける。ヴォルフが治療を止め立ち上がるとロンを見下ろし祈りを捧げる。
それにならい、周りの兵士や魔術師も彼に祈りを捧げる。
「くそっ!目を開けろロンっ!兵士になるんだろ!お母さんに楽させてやるんだろ!ロンっ!」
ヴォルフがアナスタシアの肩に優しく手を置く。
「ジイ…………。」
ヴォルフは何も言わない。
アナスタシアはロンの亡骸を見つめた後に立ち上がり皆と同じ様に祈りを捧げる。
こうして町を騒がせた魔物の討伐は終わったのであった。
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