姫様の魔物討伐前夜
「ねぇミアソフ、討伐隊ってミアソフも同行するの?」
いつものように訓練所に来ていたアナスタシアが近衛兵長のミアソフに尋ねる。
「いえ、私は近衛兵長の立場故に城を離れる訳にはいきませんので一般兵の中から数名手練れを選抜するつもりです。」
「へぇ、そうなんだ。誰が行くんだろ……。」
アナスタシアの頭の中に数名の腕が立つ兵士が浮かぶ。小国であるアイソルは大国に比べて軍隊もそれほど大きくはない。
この中で名を馳せる程の手練れとなるとかなり絞られるのだ。
せっかく魔物討伐を見れるならより強い者の戦い方を見てみたいとアナスタシアは考えていた。
「姫様も視察として同行すると聞きましたがくれぐれも危ないことはなさりませんように。まあ、ヴォルフ様がご一緒なら大事ないとは思いますが。」
ミアソフがしっかりと釘を刺す。
「はいはい、分かってるって!それでさ、魔物ってどんなやつかな?魔物と戦う時ってどこを狙えばいいのかな?」
全く刺さっていなかった。
※※※※※※
「姫様、なんでもタンザ村の魔物討伐にご同行するとか。危なくはないのですか?」
夜の入浴後、アナスタシアの髪を櫛ですきながらプリシアが心配そうに尋ねる。
「大丈夫だって!魔物なんか私がチャチャッと倒してくるから!」
「姫様も討伐隊に参加なさるのですか!そんな、お止め下さい!危のうございます!」
アナスタシアの軽口を信用し目を潤ませながら止めようとするプリシア。
慌ててアナスタシアが訂正する。
「ウソウソ!視察で行くだけよ。討伐は選抜された兵士がするんだってさ。私は村を見て回るお飾り。」
「え?そうなのですか?……良かった~。」
プリシアが両手を胸の上で重ねて心底ホッとした様子で呟く。
「もうっ姫様っ!酷いですよ~。」
「ごめんごめん、でもプリシアは心配しすぎだよ。」
口ではそう言うがアナスタシアはプリシアのこういう性格を好ましく思っている。
プリシアはアナスタシアより4歳年上の18歳だ。城にいる侍女たちの中でもかなり若い方である。
この年齢でアナスタシア付きの侍女になったのもひとえにアナスタシアがプリシアを信頼しているからである。物心ついた頃には親がなく孤児院育ちのプリシアは10歳でお城で働きに出された。
その際に身の上を不憫に思ったアセルス王が幼かったアナスタシアの遊び相手に任命し、働きながらも教育を受けられるように計らった。
日中は侍女として働き、空いた時間や夜にヴォルフたち識者に教わる生活を続けること6年。
侍女に専念するようになってからもアナスタシアの願いにより側に置いているのである。
アナスタシアも物心つく前に母を病で亡くしている。
身分の違いはあれど互いに家族のような絆をもつ二人なのである。
「プリシアはさ……外の世界を見てみたいとか思ったことない?」
アナスタシアはポツリと呟くように言う。
憂いを帯びたその表情にプリシアが怪訝そうに答える。
「外の世界ですか?うーん……天気の良い日は中庭で日向ぼっこしたりしたいと思いますが……。」
「ううん、そうじゃなくて……。」
アナスタシアが首を振る。
「アイソルの外。ううん、国だけじゃない。海を渡った大陸の外とか。だって世界はとてつもなく広いんでしょ?なのにその広さを知らないまま歳をとっちゃうのかなーって……。」
まるで鏡の中の自分に向かって話すようにアナスタシアは言葉を紡ぐ。
「姫様……」
なんと言ったものかと困っついるプリシアに気付き慌てて明るく話すアナスタシア。
「あっ!ごめんねプリシア。ワケわかんないこと言って。」
「い、いえ……。」
「さて!今日はもう寝るね。明日はタンザ村に行く日だし。」
「かしこまりました。それでは私はこれで。お休みなさいませ。」
「うん、お休みプリシア。」
ベッドサイド以外の灯りを消してたプリシアがお辞儀をして退室するのを見届けてからアナスタシアはベッドにダイブする。
ゴロンっと仰向けになり天井を見上げながら明日からの魔物討伐について考える。
(魔物討伐か……。)
魔物討伐に同行することで自分の何かが変わるのだろうか。
姫という立場や責任、世界を見てみたいという冒険心。それらがグルグルごちゃ混ぜになる。
そうこう考えているうちに睡魔が訪れる。
アナスタシアは最後の灯りを消し目を閉じる。
程なくアナスタシアは深い眠りへと落ちていった。
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