姫様、迷う
二人が振り替えると、先程野盗に立ち向かった女性が猟銃を構えて立っていた。
その銃口はピタリと大男に定められている。
「殺す気ですか?」
アナスタシアが静かに問う。
「そうよ、そこを退いて。」
女性は虚ろな目をして答える。
「銃を扱った経験はお有りかな?素人には危険な物ですぞ。」
ヴォルフもゆっくり諭すように言う。
「これは私の夫の物よ!」
部屋の中に女性の叫びが木霊する。
婦人の後ろには娘だろうか、アナスタシアより少し年下くらいの女の子が立っていた。
女の子は俯いて頼りなげに立ち尽くしている。
「はぁはぁはぁ……あの人は私と娘を守ろうとしてこいつらにっ!だから私が……。さあ、そこをどいて!」
アナスタシアとヴォルフは顔を見合わせる。
「貴女は……アドバーグさんの……?」
「どうして夫の名を!?」
アナスタシアの問いに女性、コリンズ婦人が驚く。
アナスタシアは自分達がここに来た経緯をかいつまんで話す。
そして、アドバーグ氏の遺灰の入った小袋を渡す。
「あぁ……あなた……。」
「お父様……。」
婦人は小袋を抱きしめ涙を流す。
そして、奥歯を噛み締め再度銃を構える。
「そこを退いて!こいつらはみんな殺さないといけないの!きっとあの人も力を貸してくれるわ!」
アナスタシアは分からなくなる。
自分はこのコリンズ婦人を止めるべきなのか。
そんな権利があるのか。
捕らえられていた女性達がどんなことをされたかというのは、アナスタシアにも想像できる。
そんなおぞましい目に遭わされたのだ。
さらには愛する人まで殺されて。
どうせ野盗どもは極刑になるかもしれないではないか。ならここで……。
(私は……どうしたいんだ?)
様々な思いが駆け巡りアナスタシアはただただ立ち尽くす。
痺れをきらした婦人がアナスタシアを押し退け、大男に銃口を突き付ける。
バンッ!
銃声が響く。上に向けられた銃口からは煙が立ち上っている。
「!?」
驚く婦人。
アナスタシアが銃身を掴み天井に向けたのだ。
「どうして!どうしてよ!邪魔しないで!」
「ごめんなさい……。でも……貴女には人を殺して欲しくなかったから……。」
自分でも考えが纏まらないアナスタシアはポツリポツリと話す。
「何て言ったらいいかわからないけど……たぶんアドバーグさんもそれを望んでる気がしたんです……。」
取り乱した婦人が叫ぶ。
「貴女に何がわかるのよ!!」
「ごめんなさい……。きっとアドバーグさんや貴女や娘さんには殺したり殺されたりって似合わないんだろうなって……。」
まるで、叱られた子供のように言葉を紡ぐアナスタシア。
それでも、婦人は納得することはできない。
「邪魔しないで!」
再び発砲しようとするコリンズ婦人。
今度はアナスタシアも止めようとはしない。
すると銃を構える婦人を娘が後ろから抱きしめる。
「!?」
「お母様……もう帰りましょう……。」
娘は母親を抱きしめながら静かに言う。
「きっとお父様もそう望んでいるはずです……。だから……早くお家へ帰りましょう、三人で……。」
コリンズ婦人の手から猟銃が落ちる。
「あぁ…………。」
娘と向かい合い抱きしめ合う婦人。
するとヴォルフが銃を拾い上げて言う。
「こんな奴らの命を貴女が背負う必要なんてありません。アドバーグ氏は仇うちよりも、貴女と娘さんの幸福を望むはずです。」
その後、アナスタシアとヴォルフは大男を牢屋に押し込み鍵をかける。
解放した女性達とアナスタシアは別の部屋で休み、ヴォルフは牢屋番をしながら王都から討伐隊が来るまで待つことにした。
怪我はヴォルフの魔術である程度治ったが、疲労困憊のアナスタシアは椅子に座りテーブルに突っ伏すとすぐ眠りに落ちた。
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