姫様の企み
「次の者!」
「はっ!」
謁見の間では王が民の陳情を聞く公務が執り行われている。
アセルス王の隣にはアナスタシアが座り、笑顔を振り撒きながら民の言葉に耳を傾けている。
ある者は街の下水道から臭いがするだの、またある者は、向かいに同じ食堂ができて売り上げが下がってしまったからなんとかしてほしいだのと、実にアイソルに相応しいほのぼのとした相談である。
国王の隣でニコニコと笑顔を振り撒きながらアナスタシアは早く時間が過ぎる事を願うばかりだ。
「次の者、参れ!」
「ははぁ!」
大臣が呼び込むと農作業着を着こんだ3名の初老の男達が玉座の前に膝まづく。
この日の為に新品を卸したのか、はたまた妻に頼んで丹念に洗濯してもらったのか、茶色いチョッキの下に着ているシャツは真っ白だ。
「申してみよ。」
アセルス王が促すと、真ん中に控えていた男が話し出す。
「あのぉ、儂らタンザ村から来たのですが……」
タンザ村は城下町から北に半日ほど歩いた場所にある人口500人弱の小さな村だ。
「実は一月程前から村に魔物が出るようになりまして、しばしば村に現れては畑を荒らしたり、家畜を食い殺したりと暴れておるのです。」
魔物!?アナスタシアが不穏な言葉に反応する。
さらに左の男が引き継いで話す。
「村の男衆で罠を張ったりして退治しようとしたのですが効果はなく……。」
「遂には村で、一番腕っぷしが立つ者まで大怪我を負わされてしまったんです。」
魔物の恐怖を思い出したのか話ながらも身震いしている男たち。
それとは対象的にアナスタシアは興味津々といった様子で目を輝かせている。
「あい分かった。すぐにでも討伐隊を編成し向かわせるとしよう。」
国王の言葉にお互いを見合って喜び合う男たち。
王と姫に散々頭を下げて礼を述べた後、村で収穫した野菜を山程置いていきようやく帰っていくのであった。しかしアナスタシアはそんな彼らの様子など見えてはおらず、「魔物」「討伐」といった不穏な言葉で頭が埋め尽くされているのであった。
その日の夜、自室にいた王のもとにさっそくアナスタシアがやって来た。
「ねえ、お父様。タンザ村の事なんだけど……」
そら来たとばかりにアセルス王とチェスの相手をしていたアナスタシアの教育係兼宮廷魔術師のヴォルフが顔を見合わせる。
「ならん!」
アナスタシアが言い終わる前に切り捨てるアセルス王。アナスタシアが頬を膨らませて抗議する。
「まだ何も言ってないのに!」
「聞かなくてもわかるわい。大方、自分も討伐隊に入りたいとでも言うのだろう?」
「うっ!?」
図星を突かれて固まるアナスタシア。
しかしこの程度では引き下がらない。
何とか討伐隊に同行する理由を絞りだそうとする。
同行さえ出来ればあとはどさくさに紛れて自分も戦いに参加してしまおうという魂胆である。
そんなアナスタシアの心中を察してか王も譲ろうとしない。
お互いが熱くなっているなか、ヴォルフがわざとらしく咳払いをする。
「陛下、ここは視察という形で討伐隊に同行をお許しになられては如何でしょうかな。」
「なに?視察だと?」
「御意、近隣の村の様子を見ておくのも王国の姫君として必要なことでしょう。それに魔物に脅かされている村民にとっても姫様が視察に向かえば心の支えにもなりましょう。」
「う、うーむ……しかしなぁ……」
ヴォルフの進言に流石の王も考え込んでしまう。
ヴォルフは今でこそアナスタシアの教育係ではあるが、嘗てはアセルス王の教育係でもあった。
その頃から今とたいして変わらない老齢であったのだからいったい今何歳なのかアイソルの七不思議の一つである。
噂では150を越えているともいわれているが、とうの本人は飄々とかわしてしまうのである。
魔術師としても有能でその貢献度から国王のアセルスに唯一軽口をたたけるのである。
「視察って見て回るだけなの?」
明らかに不満そうなアナスタシアがヴォルフに尋ねる。
「左様。姫様、タンザ村の民たちは今も恐怖に震えておるかもしれません。今こそ戦いではなく姫様の徳をもって疲れた民達を癒すのが肝要かと。」
正論で迫られ言葉に詰まるアナスタシア。
すかさずヴォルフが王に耳打ちする。
「陛下、姫様の性格上、無闇に反対したら隠れて追いていくに決まっております。ここは視察という形でお許しになって私が監視として同行いたします。」
「ふむ、お主が同行するならまあ危険はないか……よしアナスタシア、ヴォルフの同行を条件に視察を許そう。」
「え!?ジィも同行!?それじゃ私が魔物と戦えなっ……!!」
危うく本音を喋りそうになったアナスタシアが慌てて口を塞ぐ。
「ん?なにか言ったか?」
「い、いえ!なにも……」
(なんとかジィと討伐隊を出し抜いて魔物戦う方法を考えなきゃ。)
かくして、アナスタシアの意向とはかなりズレてしまったが魔物討伐隊への同行は許されたのである。
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