姫様、遭遇する
アナスタシアとプリシアが事態を把握する前にヴォルフが事切れた男をそっと寝かせ、横転した馬車を覗き込む。
「ジイ……これって魔物に襲われたのかな?」
ヴォルフが髭を撫でながら何語とか考えて答える。
「いえ、これは人間の仕業でしょう。魔物なら仕留めた獲物を残していくとは考えづらい。それにこの者は心臓を一突きで刺されています。魔物のように獲物を弄ばす、最短で殺害する手段です。」
プリシアが青ざめた顔で聴こえないように耳を塞いでいる。
「ジイ、犯人が人間ってことは……。」
「ふむ、馬車の中ですが、ほぼ空っぽでした。少なくとも金目の物はありません。」
「つまり……野盗かなにかに襲われた?」
「恐らくは。」
国境を越えた途端のこの出来事にアナスタシアとプリシアに緊張感が走る。
「この人、どうしようか……。」
アナスタシアが呟く。
「本来なら町まで運んで役人ね引き渡すのがいいのでしょうが……。」
せめて馬がいれば馬車に乗せて運べるが、生憎と逃げてしまったか、或いは野盗に連れていかれたかしていなくなっている。
「せめて弔ってあげたいです……。」
プリシアが恐る恐る言う。
「そうだね。そうしてあげよう。」
アナスタシアの言葉にヴォルフが頷く。
男の身元がわかるものがないかないかと着ている物のポケットを探ってみると、背広の内ポケットに手紙が入っていた。
ヴォルフは心の中で断りを入れてから中を読んでみる。
「なにかわかった?」
「ふむ、どうやらこの者はこの先にある町の商家の者のようですな。別の町の知人へ会いに行っていた帰りだったようです。」
ヴォルフがアナスタシアへ男宛の招待状を渡す。
アナスタシアとプリシアは二人で招待状を読む。
「アドバーグ=コリンズ殿……これがこの人の名前か……。」
「パーティーの帰りだったんですね……。」
その後、三人で話合いアドバーグの亡骸は火葬し、骨だけでも家まで持って行ってやることにした。
アナスタシアが馬車を剣で破壊し、男の亡骸の周りに並べる。
その木片にヴォルフが魔術で火を付け火葬する。
緑の平原に灰色の煙が立ち上がる。
「ねえ、あの招待状には妻と娘の名前もあったけど……。」
アナスタシアが炎を見つめながら言う。
「はい、恐らくは……。」
「そうか……。」
ヴォルフの答えにアナスタシアが頷く。
「まだ助けられないかな?せめて仇くらいはとってあげても……。」
「姫様……。」
プリシアがアナスタシアの心中を察して心配そうに名を呼ぶ。
ヴォルフはアナスタシアの言葉に首を横に振りながら言う。
「血の乾き方からすると半日はたっております。賊がどの方角に向かったかもわかりません。我々にできる事は、早く家に帰してやる事ではないかと。賊の討伐は兵に任せるべきかと。」
「そうか…………。悔しいな……。」
表情を変えずアナスタシアが呟く。
ヴォルフやプリシアはアナスタシアが本当に怒っているのがわかった。
このアルバートという男とその家族が理不尽な暴力に蹂躙されたことが本当に許せないのだ。
しかし、ヴォルフの言葉の正しさもわかる。
追跡は不可能である以上どうすることもできない。
助けられる人がいるかもしれないのに、何もできないのが悔しいのだ。
※※※※※
「参りましょうか。」
「ああ、行こう。」
「はい……。」
三人は馬車の幌で作った簡易的な袋にアルバートの骨をいれてその場を後にした。
このまま進めば日没までには町に着くだろう。
どうしても口数は少なくなりがちになり、黙々と足を進める。
だからこそ気づいたのかもしれない。
微かに馬の走る音がすることを。
最初に気づいたプリシアが音のする東側、カタート山脈の方を見る。
「ん?プリシアどうかした?」
「あ……いえ、何かあちらから音が……。」
「音?」
アナスタシアが耳を澄ますと確かに微かな音がする。
プリシアが見ている東側に目を凝らすと遠くの方で馬が数頭走っている。
「姫様なにか見えますか?」
ヴォルフが問う。
「うーん、馬が5頭走ってる……人が乗ってる……なんだろ?」
「騎馬隊でしょうか。」
「うーん……そんな感じじゃなさそうだけど。まぁいいか。」
気にはなるが三人は先を急ぐことにする。
しかし、しばらく進むと先程よりも馬の足音が近づいてきた気がする。
再び東側を見ると今度はヴォルフやプリシアにも見える距離まで近づいていた。
「あれ?こっちに来てます?」
「みたいじゃのう……。」
「ああ、こっちに向かってくる……。」
アナスタシアの背筋がゾワゾワする。
(あれは……もしかして!?)
「ジイ!プリシア!野盗たちだ!来るぞ!」
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