姫様の名前
「海だー!!」
「海ですねー!!」
アナスタシアとプリシアが白い砂浜から海に向かって叫ぶ。
ミノールの街を出て今日で3日目。
関所に向かう為に西に伸びる街道から外れて南下したアナスタシア一行はアイソル領内タタル湾岸まで来ていた。
ここまで来たらあとは海岸沿いを西に進むだけだ。
休憩がてら三人は砂浜までやってきて流木に腰掛け昼食をとった。
海風に髪をなびかせる二人の少女は先程から波打ち際でおおはしゃぎだ。
「もう少し暑ければ海に入れましたね!」
「そうだね。まだ、泳ぐのは早いよね。もっと暑くなったらまた海にいきたいな。」
「ふふふ、ですね~。」
ヴォルフが流木から立ち上がり二人に声をかける。
「二人とも!そろそろ出発しましょうぞ!」
アナスタシアとプリシアが走ってやってくると、置いていた荷物を背負いまた西へと歩きだす。
「この調子ですと明日には関所につきそうですな。」
「さらばアイソルだね。」
「国境越えですか~。緊張しますね。」
「それについてですが……。」
「ん?どうしたジイ?」
「国境越えですが、姫様のご身分は秘密にしなくてはなりません。なので、番兵には儂と付き添い二人ということにします。」
「あーなるほどね。」
「でも、姫様の顔をみたらばれちゃうのでは?」
「大丈夫じゃ。そのためにミノールでフード付きのローブを買っておいた。」
「流石はジイ頼りになるね。」
「それで、これからのこともありますので、姫様の身分を隠すために偽名をつけようかと。」
「はあ、偽名ねぇ。」
「いいですね!どんなのが良いですかね~。」
プリシアが既に楽しそうに思考を巡らしている。
「姫様はなにか名乗りたい名前はありますかな?」
「うーん、偽名ねぇ。パッとは思い浮かばないなぁ。」
「はいはーい!私、かわいい名前思いつきました!」
「え?な、なに?」
嫌な予感を感じつつアナスタシアが尋ねる。
「リリアンっていうのはどうですか?」
目をキラキラさせながらプリシアが言う。
「リ、リリアン…………それはちょっと……。」
「え~可愛いのに~。じゃあ……ミルフィはどうですか?」
「それもちょっと……。」
「え~!もっと可愛い名前となると……。」
プリシアが眉間にシワを寄せ考え込む。
ヴォルフがアナスタシアに耳打ちする。
「姫様、関所まで間もなくです。
早く考えないとプリシアに名付け親になってもらわないといけませんぞ。」
「げっ……!」
このままプリシアに任せてしまうと、甘ったるいお菓子みたいな名前にされそうだ。
偽名とはいえ、人からそんな風に呼ばれるのは抵抗がある。
(なんとかしなくては……!)
アナスタシアが必死で頭を回転させる。
(なにか!なにか良い名前はないか……。)
「あっ!思い付いちゃいました!ふふふ、これなら姫様も気に入りますよ~。」
(や、やばい!なにかっ!なにか言わないと!)
「姫様の名前はっ……マリリン!」
「ナーシャ!」
二人が同時に言う。
「なるほどナーシャですか。これは懐かしい。」
ヴォルフが髭を撫でながら言う。
「ナーシャ……あっ!ナーシャって妃様が姫様を呼ぶときの……。」
「う、うん。」
ナーシャとは亡きアナスタシアの母が娘を呼ぶときの愛称だった。
「うーん。仕方ないですね。マリリンは諦めます。」
(た、助かった……。お母様、ありがとうございます!)
「それでは姫様。今から我々三人だけの時以外はナーシャということで。」
「ああ、わかった。」
「ふぅ……マリリン……。」
プリシアが心底残念そうな顔で呟く。
こうして、アナスタシア=トバル=フォン=アイソルはナーシャを名乗る事となった。
御一読頂き誠にありがとうございます。
良かったらブクマやコメント頂けますと幸いです。
宜しくお願いいたします