姫様とヴォルフ先生
「うむ、その右から2番目上から3段目の薬草と……ああ、そこの瓶に入っとる粉末も包んでくれるかの。」
「はい、これですね。しかしお客さん詳しいね。この真珠花の根なんてなかなか通な人しか買わないよ。」
「フォフォフォ。まあ年の功じゃて。」
代金を払いヴォルフがアナスタシアとプリシアの元に戻ってくる。
朝から宿を出た三人は昨日決めたように、旅に必要な薬と携帯食を買いに市場に来ていた。
「よし、これで準備できたね。」
「はい、そろそろ参りましょうか。」
旅の支度ができた一行は昼前には街を出立することができた。
アナスタシアが先頭を軽やかに歩きヴォルフとプリシアが付き従うように歩くこと半日。
そろそろ日が暮れそうな時間になってきた。
歩き旅にはまだ不慣れなこともあり、早めに野営地を決める事にした。
「あの大きな樹の下はどうかな?」
「ふむ、いいですな。あそこにしますか。」
「はい、じゃあ準備しますか!」
樹の下に来ると、持っていた荷物袋を置き焚き火の準備に取り掛かる。
アナスタシアとプリシアが乾いた樹の枝を拾いに行っている間にヴォルフが手頃な大きさの石を円形に並べる。
「ジイ、これくらいでいいかい?」
「おお、ありがとうございます。それだけあれば一晩はもつでしょう。」
枝を円形に並べた石の中に組み上げ、ヴォルフが火の玉で着火すると焚き火が完成した。
「これ持ってきたよ!」
アナスタシアが腰掛けるのに丁度良い大きさの岩を3つ焚き火を囲うように置いた。
「ふ~完成しましたね!もう少ししたら夕食にいたしますか。」
「そうだね、じゃあ私はそれまで……。」
アナスタシアが焚き火から少し離れた場所で剣を抜く。構えをとり剣を振り下ろす。
「1……2……3……4……。」
素振りを始めるアナスタシアをヴォルフとプリシアが優しく見守る。
アナスタシアは城でミアソフに教わったように、目の前に敵が立っているのを想像しながら剣を振るう。
こうして剣の鍛練はプリシアの
「姫様、夕食ですよ~!」
の声がかかるまで続いた。
街で買った干し肉と、プリシアが城から持ってきた鍋で作ったスープで腹を満たしたら、これもプリシアが城から持ってきたティーセットで野営には似合わないティータイムを楽しんでいた。
「ねぇジイ、旅の間に魔術教えてよ。」
アナスタシアがティーカップから口を話しヴォルフに言う。
「ふむ、魔術ですか……。」
「うん、お城にいた時はお父様にばれないようこっそりだったからさ。ちゃんと教わりたいんだよね。」
「そうですなぁ。こうして旅に出た今、魔術は使えるに越したことはありませんな。わかりました、伝授いたしましょう。」
「やったー!ありがとジイ!」
思わずヴォルフに抱きつくアナスタシア。
「フォフォフォ。しかし姫様、やるからには儂も本気で教えますぞ。覚悟はよろしいかな?」
「ああ!望むところだ。」
アナスタシアは旅の間、己に剣術と魔術の鍛練を課していた。
剣術はミアソフから教わった鍛練方法を実践するつもりだったが、魔術は教わる方法がなかったのでどうしようかと思っていた。
しかし、図らずもヴォルフとプリシアが同行することになったので、せっかくならヴォルフに基本から教わろうと思ったのだ。
「ふふふ、良かったですね姫様。」
プリシアが片付けながら言う。
ヴォルフに魔術で水を水筒いっぱいに出してもらい鍋やティーセットを洗いにいくプリシア。
「便利だけど……出来れば戦いで使える魔術がいいかな。」
「フォフォフォ。戦いで使える魔術ですか。しかし姫様、魔術の使い道は術者が勝手に決めるだけですぞ。」
「ん?どういうこと?」
アナスタシアが首を傾げる。
「例えば、先程儂が使った火の玉と呼ばれる魔術ですが、あれは焚き火を作る魔術とも考えられます。」
「う、う~ん……。」
「しかし、魔物討伐の時に姫様が使った時は敵を攻撃する魔術だったわけです。」
「まあ、そう言えるかな。」
「ふむ、つまりは、火の玉を出す魔術があると言うだけでその使用目的は数多あるのです。」
「無論、鍛練によって小さな火の玉を巨大な火の球にすることはできますし、炎の矢や炎の渦を作ることもできます。しかし、本質は変わらないのですよ。ただ魔力を使った結果があるだけです。」
「うーん。つまり、この剣が魔物を斬れば剣だし、まな板の上で野菜を切れば包丁になるって事か。」
ヴォルフがニッコリ笑う。
理解の早い生徒を誉める教師のように誇らしげだ。
「フォフォフォ。左様でございます。戦いで使える魔術と目的を制限してしまうと己の器を狭めてしまうかもしれないということです。」
「わかった、じゃあその魔力を使った結果ってのを教えて。」
「かしこまりました。しかし今日はこれくらいにしておきましょう。先はまだ長い。急がば回れともいいます。ゆっくり憶えていきましょう。」
「はーい、先生!」
アナスタシアの冗談に顔を見合わせて笑い合う二人。
そこにプリシアが戻ってくる。
「あらあら楽しそうですね。どうしたんですか?」
アナスタシアが今しがた教わったことをプリシアに説明する。
得意気に話すアナスタシア、その話をコロコロ表情を変えながら聞き入るプリシア、二人を穏やかな表情で見守るヴォルフの三人を焚き火の灯りが照らしていた。
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