姫様、放つ
(最初からこれを狙って接近戦を……。)
近距離から放たれたアナスタシアの闘気斬がグリッドに迫る。
(通用しないとわかっていながら魔術剣を使ったのは接近戦を挑んでいると思わせる為か。)
「まあ、悪くないな。」
グリッドは微笑するとヒラリと身体をひねり斬撃をかわす。
そのまま一歩深く踏み込むと手斧を振り下ろす。
「ーー!?」
その腕が途中で止まった。
前のめりに倒れるアナスタシアを抱き止める。
気を失っていた。
「バカが。実戦なら死んでるぞ。」
先程の技で言葉通り出し尽くしたのだろう。
グリッドは持っていた手斧を放り投げるとアナスタシアを抱き上げる。
「ちぃ。最後まで面倒かけよって。」
小屋に向かって一歩踏み出したグリッドがふと立ち止まり振り向いた。
「あれは……。」
先日、アナスタシアに技を見せた際に切り裂いた岩があった。
それが更に小さく切り裂かれていた。
(さっきの一撃か。)
先程アナスタシアが放った闘気斬。
グリッドには避けられたが、その後方にあった岩に当たったらしい。
「ふーん。」
グリッドは再び小屋に向けて歩きだした。
※※※※※
アナスタシアが目を覚ますと既に日は落ちていた。
グリッドはいつもの場所で本を読んでいる。
アナスタシアが起きてきたのに気づくと、
「まったく。よく寝るやつだ。」
と言って再び本を指でなぞり始めた。
(結局、一撃も入れられなかった……まあ、当たり前か。)
悔しさがないわけではなかったが、それ以上にスッキリしていた。
文字通り全力を出し尽くしたのだ。
数日前、ここで修行を始めた頃に比べたら格段に強くなった実感があった。
夜、夕食を食べ終るとアナスタシアが切り出した。
「先生、一週間ありがとうございました。」
アナスタシアは頭を下げた。
そう、今日が約束した期間の最終日なのだ。
明日にはここを出て行かなくてはならない。
「ふん。そう思うなら精々生き延びる事だ。わざわざ私が教えてやったんだ。無駄骨にするなよ。」
「ふふ。はい!わかりました。」
「おい、何が可笑しい。」
「可笑しいっていうか……ふふ。先生って何だかんだで面倒見いいですよね。」
短い間だったがグリッドという人物の事が少しだけわかった気がする。
「ぐぅ……忌々しい。」
グリッドはグラスのワインを飲み干すとそっぽを向いた。