姫様、追う
「はぁ……はぁ……。」
アナスタシアは痛みに顔を歪めながら森の中を歩いていた。
(くっ……痛みが……。)
エドワードに受けた傷は魔術で応急処置をした。ただし、アナスタシアの治癒魔術はプリシアに比べてもまだまだ拙い。なんとか止血を済ませた程度でアナスタシアはオッグスを追いかけた。
(少しとはいえ、時間は稼げた。オッグスさんはどこまで……。)
アナスタシアはオッグスがどう逃げるか思考してみる。
(国境を越える方法は二つ。戻って関所を通るか、大渓谷を反対側まで渡るしかない。だったら……。)
アナスタシアは森を西に向かって進む。
カサッ。
「!?」
アナスタシアは音のした方に視線を向ける。そこには一匹の兎がいた。
「ふぅ……なんだ……。」
アナスタシアは安堵し、再び西を目指す。
(オッグスさんがまだ逃げているとしたら私とあの男、両方が追っていることになる。次にあいつと遭遇したら……。)
アナスタシアの脳裏に"死"という言葉が浮かぶ。しかしそれでもアナスタシアの足は止まることはなかった。
やがて、アナスタシアの目の前に断崖が現れた。
「これが……。」
アナスタシアは思わず呟いた。それ程までに目の前の光景は雄大だった。こんな状況でなければゆっくり眺めていたいくらいだ。
(プリシアの淹れてくれた紅茶を飲みながらみんな見たいな……。)
そんなことを思いながら光景に見とれていた自分の頬を両手でパンッと叩きアナスタシアは眼下を見た。
(この高さと水流……反対側に渡るのは無理だよね……。)
ならば、オッグスはどうするだろう?
(関所に向かう……はないか。)
最悪関所近辺で待ち伏せされている可能性もある。
アナスタシアは水の流れる先を見た。
(もしかしたら……この先に反対側に渡れる箇所があるかもしれない。)
流れの緩やかな場所や崖の低くなっている部分、あるはい地図には記されていない橋があるかもしれない。
"かもしれない"
でしかない。しかし、追い詰められているオッグスならその可能性にかけてそちらに向かったとしてもおかしくはない。
(オッグスさん……。)
アナスタシアはオッグスの生存を願いつつ断崖に沿って歩き始めた。