Interlude
「陛下、やはり姫様は城を出ようとしておりますな。」
夜中、謁見の間にアセルス王とヴォルフ、ステファン大臣にミアソフ近衛兵長が集まっている。
先程のヴォルフの報告に王は背もたれに身体を預けながら深い溜め息をつく。
「ハァ……ヴォルフよ、何故アヤツは儂の言うことを聞かんのだ。」
「うーむ、そう仰られても。」
「だいたい教育係のお主が甘やかすのがいかん。」
「なんと!?儂の責任と仰いますか!」
「そうだ。お主やミアソフが何だかんだとアヤツの我が儘を許すから調子に乗るのだ。」
「面目御座いません……。」
ミアソフが頭を垂れて謝罪する。
「いやいや、姫様のあの気性は陛下譲りで御座います。」
「なに~!?」
「陛下も姫様くらいの年頃には何度も城を出ようとしていたのを儂は忘れておりませんぞ。」
「ぐっ……。」
痛いところを突かれたアセルス王が歯噛みする。
ヴォルフは好奇とばかりに良いつのる。
「確か、陛下が十五の時には幼馴染みであった亡き奥方様を連れて旅に出ようとされてましたな!」
「ぐぬぬ……。」
「あの時はカタート山脈の関所で番兵に捕まったんでしたな。いや~懐かしいのう。」
顎の下の髭を撫でながらわざとらしく言うヴォルフにアセルス王が言い返す。
「ええい!儂の事は今はいいのだ!……まったくお主は嫌な事ばかり憶えておるのう。」
「フォフォフォ……。」
「しかしまあ……アナスタシアの事、頼んだぞ。」
アセルス王が真剣な表情でヴォルフに言う。
それは長年を共に過ごした最も信頼できる家臣であり、友人への頼みであった。
ヴォルフもそれを理解し、膝をつき頭を垂れて答える。
「はっ!命に代えましても。」
話が一段落したのを機に大臣が話し始める。
「ゴホンッ!それで姫様の事ですが、不在となればすぐに国中にしれ渡るでしょう。その理由が諸国漫遊の旅に出たというのは……。」
「そうだな……。とりあえず、花嫁修業の為に何処ぞの修道院に行かせたことにするか。」
「かしこまりました。ではその様に周囲には説明いたしましょう。」
王の提案にステファンも同意する。
「確かに姫様が旅に出たなどとわかれば、誘拐目的の悪党等が現れかねませんしな。」
ミアソフが心配するような事態も同然起こりうる。
だからこそ自分が護衛に付くべきなのだろうが、立場上そういうわけにもいかない。
「申し訳御座いませんヴォルフ様。本来なら私が護衛に付くべきなのでしょうが……。」
「ああ、わかっておる。お主は国防の要じゃ。それこそこの国を不在には出来ん。特に今はな。」
「かたじけない。」
「フォフォフォ……儂に任せい!アイソルは任せたぞ。」
「はっ!」
ヴォルフの言葉にミアソフの心中が少し晴れやかになる。
その時、何者かが叫んだ。
「あの!私も行きます!!」
その場にいた四人が目を丸くする。
※※※※※
「ふふ~ん♪ふ~ん♪」
今日一日の仕事を終えて自室へ戻るプリシア。
それなりに広い城内、近道しようと謁見の間を横切ろうとしていた。
廊下から謁見の間に入ろうとすると微かに声が聴こえた。
「何故アヤツは……。」
「儂の責任……。」
なんの話しかはわからなかったが邪魔しないように遠回りだが迂回しようとすると、
「姫様のあの……。」
気になる言葉に立ち止まる。
(姫様……?)
誰が話しているかはわからないがらアナスタシアの事を話しているようだ。
(でも何故、こんな夜に謁見の間で?)
どうしても気になってしまい、駄目とは分かっていても足が進んでしまう。
音をたてないように扉を開け、こっそり謁見の間に入る。
足音をたてないように注意を払い、太い柱の影に隠れる。
改めて目を凝らすと話しているのは、アセルス王とヴォルフ、大臣、ミアソフの四人だ。
(ど、どうしよう……。)
話している人物達が分かり自分ごときが聞いて良い話ではないと思うのだが今さら出ていくわけにもいかない。すると先程よりもハッキリと声が聞こえてくる。
「しかしまあ……アナスタシアの事、頼んだぞ。」
(姫様の事?)
「それで姫様の事ですが、不在となればすぐに国中にしれ渡るでしょう。その理由が諸国漫遊の旅に出たというのは……。」
(え!?姫様が旅?)
プリシアがなんとか整理しようとする。
(えっと……姫様が旅にでるから陛下がヴォルフ様に護衛を頼んだってことかしら?)
そういえばここ最近のアナスタシアの様子を思い出すと妙にソワソワしていたような。
あれこれとアナスタシアの言動が思い出される。
(姫様……。)
アナスタシアがプリシアを姉のように思っているのと同様にらプリシアもアナスタシアを妹のように思っていた。
勿論、自分とアナスタシアでは身分が違うし、とてもそんな不敬な事は言葉にはできない。
しかし、家族のいなかったプリシアにとってアナスタシアは家族のように大切な存在である。
そう思ったら無意識に叫んでしまっていた。
「あの!私も行きます!!」
※※※※※
「あの……申し訳御座いませんでした……。」
四人の前に進み出たプリシアが深く頭を下げる。
この国の首脳陣である四人の会話を盗み聞きしていたのだ。
本来なら重い罰があって然るべきだろう。
プリシアの肩が緊張や不安、恐怖で僅かに震えている。
そんなプリシアを見てアセルス王が落ち着いた声で言う。
「プリシアよ、どこから聞いていた?」
「あ、あの……姫様が旅に……出ると……それでヴォルフ様が一緒に……。」
目を潤ましプリシアが答える。
アセルス王はヴォルフと視線で会話し溜め息をつく。
「プリシア、聞いてしまったなら仕方ない。この話は他言せぬようにな。」
子供をあやすように優しく王が告げる。
「よいな。この事が外に漏れると色々面倒なことになる。」
大臣も釘を刺す。
するとプリシアが頭を下げたまま言う。
「勿論他言は致しません。でも……あの……私も姫様とご一緒させて頂けないでしょうか!」
最早涙声になりかけながらも頼み込むプリシア。
四人が顔を見合せ困り顔になる。
「プリシア、気持ちはわかるが大変な旅になるやもしれんのだぞ。だからこそ、陛下は儂に護衛を言い渡し、儂も一命を賭してひきうけたのじゃ。」
まるで孫に言い聞かせるように優しく諭すヴォルフ。
しかしプリシアも折れない。
「わかっております。ですから何かあったら私を見捨ててもらって構いません!足手纏いにならないよう頑張ります!ですから……ですからお願いします!私も一緒に行かせて下さい!」
「うーむ。どうしたものか……。のうヴォルフよ。」
王がヴォルフに意見を求める。
「ハァ……そうですな……。確かに姫様のお世話係はいてもよいかもしれませんな。」
プリシアが顔を上げる。
「儂だけでは護衛はできても、日々のお世話は出来ないことも多いでしょう。」
プリシアの表情が明るくなる。
「ヴォルフ様!」
「何度も言うが大変な旅になるやもしれんぞ?」
「はい!!」
「ハァ……ではすぐに準備をするのじゃ。夜明け前に儂らも出立するぞ。」
「はい!ありがとうございます!」
元気に礼を告げてプリシアが走って自室へ向かう。
「やれやれ……大変な事になりましたな。しかしヴォルフ殿、姫様の行き先はお分かりになるのですか?」
ステファンが尋ねるとヴォルフが事も無げに答える。
「なに、伊達に教育係はしとらんわい。大方、窓から中庭に出て地下水路から城下町の外に出るつもりでしょう。昼間に覗いてみたら草陰に火掻き棒が隠してあったわい。」
「な、なるほど……。」
「外に出たら国境を越えるために西に向かうじゃろうな。明日中に進めるとしたら西にある宿場町のナルセが限界じゃろうな。姫様が地下水路にいる間に先回りして待つことにするわい。」
ステファンとミアソフが感心するが、王は眉間に皺を寄せている。
「は~、そこまでお分かりになるとは……」
「なに、簡単なことじゃ。昔、陛下が家出した道順だからのう。」
アセルス王が照れ隠しの為かそっぽを向いた。
御一読頂き誠にありがとうございます。
もし宜しければブクマやコメント頂けますとありがたいです。宜しくお願いいたします。