姫様、走る
「あれは……!?」
遥か後方から聴こえた轟音にアナスタシアが振り返る。
(みんな……大丈夫だよね……。)
嫌な胸騒ぎを無理やり押さえ込んでひたすら馬車を走らせる。
「ナーシャさんっ!今のは!?」
幌から顔を出しオッグスがアナスタシアに問う。
「大丈夫!三人が負けるはずない。」
「そ、そうですか……。」
今はただひたすら国境を目指すしかない。きっと王都で合流できる。アナスタシアは自分にそう言い聞かせる。
その時、馬が大きく嘶いた。
「!?」
そして次第に馬車の速度が落ちていく。
(くそっ……無理させすぎたか。)
アナスタシアの思った通りついには馬は走るのを止めてしまう。辛そうに低く唸りその場にしゃがんでしまった。
「ど、どうしたんですか!?」
オッグスが血相を変えてアナスタシアに尋ねる。
「どうやら限界みたいです。街をでてからもかなり無理させて走らせましたし、これ以上は……。」
「そ、そんな!?」
「仕方ありません。ここからは歩くしかない。」
「くっ!ここまできて……。」
オッグスは唇を噛みながらも急いで馬車から箱を持ち出す。
「ごめんね。ここまでありがとう。」
アナスタシアは馬を馬車から解放してやり、幌から餌を下ろし馬の前に置いてやる。
「さあ、行きましょう。」
「ええ。」
二人は念のため遠回りを覚悟で路から離れた場所を進むことにした。エドワードの襲撃を受けていなければ半日で国境についていたはずだ。かなり急いで歩けば明日には国境につけるはず。後方に注意を払いつつ国境を目指した。
※※※※※
暗闇の中、二つの灯りが動いている。猛禽類の鳴き声が響く中、歩き続ける人影が二つ。
「はぁはぁ……もうすぐです。彼処に見えるのがオルマンの森、その先に国境の大渓谷があります。」
オッグスが松明で前方を照らし指差して説明する。アナスタシアは暗闇の中目を凝らすと確かに前方に広がる黒い影が見えた。恐らくあれがオルマンの森とやらなのだろう。
「ふぅ。あと少しですね。」
「はい、あそこまで行けば。」
歩き始めた時は焦燥と不安で窶れていたオッグスの表情も少しだけ明るくなった気がする。二人はあと一息と歩きだした。二人は無言で進む。規則的な虫の音を聴きながらたまに枯れ枝をパキッと踏む音を鳴らしただひたすらに歩いた。空が薄っすらと明るくなり始めた頃、後方から音が近づいてきた。
(馬……!?)
それは馬の走行音だと思い至ったアナスタシアは後ろを振り向き目を凝らして見る。
(みんな追い付いてきた!?)
そう期待したアナスタシアだったが遠方に微かに見えた影は馬車のものではなかった。
(馬車じゃない……一頭だけだ。あれは……?)
アナスタシアの背中に冷たい汗が流れた。