姫様、止める
アナスタシアが部屋の隅で膝をついているシャントを見つめる。床に並んで寝かされているガットとトートの亡骸を前にシャントは俯き呆然としている。
「そっちはどうだったんだ?」
アナスタシアがグレンに尋ねる。グレンは追われていた一味の一人の安否の事を聞かれたのだと察し、首を横に振って答える。
「そっちは?」
アナスタシアも同様に答えると再びシャントを見る。
(今はそっとしておくか……。)
「しかし、事の始末をどうしたものか。」
ヴォルフが呟く。
「そうだね。朝になったら官憲に伝えにいくか……。ただその前に彼女らをどうするかだね。」
「シャントさん……。」
「この二人だけでも弔ってやるか。」
「うん。それがいいね。」
そう言うとアナスタシアはシャントに歩み寄る。こちらに背を向けて俯いているシャントの肩にポンと手を置くアナスタシア。
「生き残ったのは君だけだ。彼らの亡骸を弔ってやりたいが構わないか?」
「…………。」
シャントの横顔は目から頬を伝い涙の川ができている。
「シャント、どうするか君が決めてくれ。」
「…………わかんない。わかんないよ私。」
消え入りそうな声で答えるシャント。
「どうしたらいいの?ねぇ、ガット!私どうしたらいいの?教えてよ!」
泣きながらガットの亡骸を揺するシャント。
「なんで……なんで……こんな……さっきまで……みんなっ!」
途切れ途切れで言葉にならないシャントの声。
「朝になったら私達はここの事を官憲に伝えに行く。彼らを弔うなら今しかない。明るくなれば騒ぎになるかもしれない。」
「……………。」
「君がどうするかは自分で……。」
その刹那、シャントが腰に隠してぶら下げていた短刀を手に取り自らの首に突き刺…………す前にアナスタシアが刃を掴み止めた。
「!?」
目を見開くシャント。後ろで控えていた三人も息を飲んだ。
「バカな真似はやめろ!」
刃を握るアナスタシアの手から血が滴り落ちる。プリシアが慌てて駆け寄ろうとするが、ヴォルフに止められる。
「な、なんで……。」
「何の為に彼らが命を落としたかわからないのか?」
アナスタシアはスライを追っている際に見つけた青年の亡骸を思いだす。彼は背中を刺されうつ伏せに倒れ、両手を切断されていた。あれはシャントを逃がす為にスライにすがり付いたからではないのか?彼は命懸けで彼女を逃がそうとしたのではないか?
「……でも…………でも……。」
シャントの手から力が抜ける。アナスタシアは短刀を投げ捨てる。
「彼らの死を無駄死ににしたくないなら……生きろ。」
「わからない……こんなに苦しいのに……一人で生きないといけないの?」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらシャントが言う。
「一人じゃない。君は死んでいった者の命を背負ってる。それに、守りたい物もあるんだろ?」
シャントはリタのいる孤児院を想う。
「……………うん。」
シャントが静かに頷いた。
「さあ、急ごう。二人を弔ってやろう。」
アナスタシアが立ち上がる。それに続いてシャントもゆっくり立ち上がった。プリシアがアナスタシアに駆け寄り血を流している手をとる。
「ありがとう。」
アナスタシアは微笑んだ。