姫様の家出
「撃てっ!」
ミアソフ近衛兵長の号令で宮廷魔術師隊が一斉に遠くの的を目掛けて魔術を放つ。
火の玉や氷が空中に飛び交う。
すると再度号令がかかる。
「突撃!」
槍を構えた兵達が前方の藁を巻いた丸太に走り寄り突き刺す。
「第二陣前へ!」
ミアソフの号令と兵達の掛け声が響く屋外訓練所。
今日は朝から兵士と魔術師の合同訓練が行われていた。少し離れた場所にある高台で、アセルス王とアナスタシアは背もたれ付きの椅子に座り、双眼鏡で訓練を見学していた。
「うむ。やはり魔術師隊はダメか。」
王が隣に立つステファン大臣に言う。
大臣も双眼鏡で訓練を見ているがやや困り顔だ。
「そのようですな。もともと練兵などしておりませんし、そもそも他国に比べても宮廷魔術師の数が少ないので……。」
「うーむ。1部隊編成するので精一杯か。」
「はい。しかも皆、研究の為に宮廷魔術師を志した者ばかりです。」
「そうだな。今さら戦に駆り出すのは忍びないが……」
「しかし、そうも言ってられない状況です。」
父と大臣が重々しく話している横でアナスタシアは食い入るように訓練を見ていた。
ミアソフの号令で兵や魔術師が隊列を組み、陣を敷き仮想敵と戦っている。
自分が強くなるのは勿論嬉しいが、こういうのもワクワクと心踊るものだ。
そんなアナスタシアを目を細めて呆れた様子で王と大臣が見ているのであった。
※※※※※
訓練視察が終わり城に帰ってきたアナスタシアは胸が高鳴るのを感じていた。
(今日だ……今日、決行しよう。)
日中の大規模な訓練で夜間の兵達の警備が手薄になるかもしれないと思ったアナスタシアは今晩、城を出る計画を実行することに決めた。
豪奢な正面階段を登ると踊場には亡き母の肖像画が飾ってある。
母の肖像画の前に立つとアナスタシアが心の中で語りかける。
(お母様。私、世界を見てきます。どうか見守っていて下さい……。)
母への報告を済ませ自室に戻るとてきぱきと荷物を纏める。
あとは夜になるのを待つばかりだが……。
すると、ドアがノックされる音がした。
「姫様。ご夕食のお時間に御座います。」
「わかった!今行く!」
荷物をベッドの下に隠し、迎えに来た侍女と共に食事に向かう。
食事中、アナスタシアはいつになく大人しかった。
今日みたいに兵達の訓練があろうものなら自分も参加したいだのと父に言い寄るのだが今日はやけに神妙に食事をしている。
父王も少し不思議に思いながらも特に聞きはしなかった。
当のアナスタシアは城での最後の食事を噛み締めていた。
一生城に戻らないわけではないが、数週間、数ヶ月で戻るつもりもない。
そう考えると、当たり前のように毎日食べていたジェス達宮廷料理人の食事も味わい深い。
(ダメだダメだ!旅立つ前からしんみりしてちゃ!)
己に言い聞かせるアナスタシア。
食後のティータイムを楽しんだら侍女と共に浴室へと向かう。
風呂に浸かりながらこれからの冒険に思いを馳せる。
目を閉じてこの後の脱出経路を反芻し風呂から上がる。寝巻きに着替え、自室に戻るとプリシアが待っていた。
「さあ、姫様。こちらへ。髪をとかしましょう。」
プリシアの笑顔に又しても心を揺さぶられるが首を振ってぬぐい去る。
化粧台の前に座り鏡越しにプリシアの姿を目に焼き付けようとする。
「~♪~~♪」
鼻唄混じりで髪をとかすプリシア。
暫くはこの姉のような友人のような侍女に会うこともできなくなるのかと思うとやはり寂しく感じてしまう。
「はい!姫様、終わりましたよ。」
「ああ、ありがとうプリシア。」
「そういえば、姫様。シーツの柄決めましたか?」
「あ、ああ……えーっと。まだ迷ってて。」
「そうですか。まあいっぱいありましたから迷っちゃいますよね!」
「ははは。そうなんだ。迷っちゃってさ。」
そんなプリシアとの会話を胸に刻みこみ別れの言葉を告げる。
「ありがとうプリシア。お休み。」
「はい、お休みなさいませ姫様。」
一礼してプリシアが部屋から去っていく。
「ふぅ……。」
いろんな感情を心に仕舞い、整理する。
(お父様、ジイ、プリシア、ミアソフ、ジェス……)
皆の顔を思いだし心の中で別れを告げたら、いよいよ脱出計画を実行する。
ベッドの下から旅用の動きやすい服とブーツを引っ張り出し着替える。
鏡に己の姿を写し、良しっ!と確認したら、化粧台の引き出しから宝飾品を幾つか取り出し、皮でできた小袋に入れる。
近くの町に着いたら売ってお金に替えるためだ。
それを腰のベルトに結びつける。
同じく装飾用の短剣も腰に携え、手作りの地図を折り畳み、方位磁石と懐中時計も一緒にポケットに突っ込んだ。
これで旅支度はできた。
あとはシーツを捻りロープ状にしながら結んでいく。
何度も練習したのですぐに中庭に降りれる長さにできた。
片方を部屋の柱に固く結び付けて片方を窓から落とす。いよいよ準備はできた。アナスタシアは部屋を見渡し、
「行ってきます……。」
と呟くと、ベッドの上に父宛の手紙を置く。
暖炉から薪を一本取り出し腰のベルトに差し込むと、ランプの灯りを消す。
シーツを手に取り何度か引っ張って安全を確かめる。
窓枠に登り、シーツを両手で掴んだら窓からぴょんっと外にでる。
主の居なくなった部屋に開けっ放しの窓から風が吹き込んでいた。
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