姫様、送り届ける
「ここか……。」
アナスタシアが呟く。スラムの一画に建つ煉瓦造りの建物。お世辞にも立派とは言えず外壁は所々欠け落ちている。建物をぐるっと囲む庭はきちんと手入れされており、住民の几帳面さが感じられた。そして建物の屋根には十字の先端に六芒星がついた聖女教のシンボルが立てられていた。
「ここも教会なのか?」
グレンがアナスタシアに尋ねると、代わりに肩車している女の子が答える。
「うん。きょーかいだよ。」
アナスタシアとグレンは互いにもしかしたらと思う。すると男の子達が入口ではなく庭を通り建物の裏手へと案内する。どうやら勝手口があるらしい。
「だ、大丈夫かな~?」
「う、うん。たぶん……。」
扉の前で怖じ気づく男の子達。
「ほら、さっさと開けろって。」
グレンに言われ渋々男の子達は扉を開けた。
「た、ただいま~。」
囁くように言いながら顔をあげると、腕組みをした女性が仁王立ちしていた。白いローブにエプロン姿の女性は男の子達の頭に手を送き髪をぐしゃぐしゃにする。
「オックス。ラライ。今何時かしら~?」
「え、えっと……。」
「あの……。」
「それにマールは……。あら?」
女性は漸くアナスタシア達の存在に気づく。
「ただいまー!」
グレンに肩車されているマールが言う。
「マール!いったいどうしたの?あの、貴方たちは……?」
女性は見知らぬ訪問者に尋ねる。
「すみません。私はナーシャといいます。こっちは……。」
「グレンだ。」
グレンはマールをそっと降ろしてやる。マールはちょこちょこ歩いていき女性の脚にしがみつく。
「実は……。」
アナスタシアは事のなり行きを話した。
「まぁ!そんなことが。すみません、わざわざ送って頂いて。マール、お礼は言った?」
マールは少し考え首を振る。
「あら、駄目じゃない。ちゃんと言わなきゃ。」
「はい!」
マールはアナスタシア達の前に歩いてくると、ペコリとお辞儀をした。
「ありがとー。」
「どういたしまして。」
アナスタシアが微笑みながら言う。
「オックス、ラライ、二人は時間を守れなかった罰にお風呂を掃除してきなさい。わかった?」
「え~!」
「わかった!?」
「は、はい!」
オックスとラライは慌てて走っていった。
「ふふ。ごめんなさい、恥ずかしい所お見せして。」
「いえ、そんなこと。それよりここは……。」
「驚きましたでしょ?ぼろぼろで。」
「ああ。こんなボロくても一応……っ痛!」
アナスタシアがグレンの足を踏んだ。
「ふふふ。いいんですよ。外見はアレですが一応教会です。」
「じゃああの子達は?」
「ここは教会ですが孤児院も兼ねてるんです。親が亡くなったり、貧しさ故に捨てられた子達と一緒に暮らしています。」
「そうでしたか……。」
アナスタシアは改めて女性を見る。一見若そうな風貌だが手の荒れ具合や薄らと見える皺から年齢と苦労が伺える。
「んじゃ、俺らはそろそろ行くか。」
「そうだね。では私達はこれで。」
「またかたぐるましてくれるー?」
「おう!またな。」
「それでは失礼します。シスター…………。」
「あ!すみません私ったらまだ名乗ってもいませんでしたね。私はリタ=ブラウンと申します。まあこの辺りではただのシスターで通じますよ。」
アナスタシアとグレンはお互い目配せをする。
「では失礼します。シスター・リタ。」
二人は宿へ帰るため教会を後にした。