姫様の決心
それから1ヶ月は何事もなく過ぎていった。
アナスタシアの軟禁も許され、父王の目を盗んでの鍛練も再開された。
しかしアナスタシアには魔物討伐以降、城の雰囲気が少し変わったように感じられた。
何がと言われると困るのだが、城内には薄っらと緊張が漂い、王や大臣、兵士たちなどは特にそれが感じられた。
カッ!カッ!
今晩も木剣がぶつかり合う音が訓練所に響いていた。
アナスタシアがミアソフの周囲を縦横無尽に動き回りなんとか打ち込む隙を探しているが、対するミアソフは常にアナスタシアが正面にくるように立ち回り斬撃を防ぐ。
「そんなに激しく動き回られてはすぐに体力が尽きますぞ。」
「ハァハァ……まだまだ!」
再びミアソフの隙を探すように動き回るアナスタシア。対するミアソフも先程と同じように基本に忠実に正面で受ける。
すると一瞬アナスタシアの姿が視界から消えた。
アナスタシアがミアソフの足元へ前転して飛び込んだのだ。
慎重差もありミアソフからはアナスタシアが消えたように感じる。
背後をとったアナスタシアが横凪ぎの一撃を放つと、ミアソフが前を向いたまま剣だけ背後に回し受け止めた。
「くっ!」
アナスタシアが二撃目を振り下ろす前にミアソフも前転し間合いをとる。
「くそっ……今のは一本取れたと思ったんだけどな。」
改めて二人が正面から向き合う。
「姫様、少し早くいきますぞ。」
「ああ、望むところだ!」
ミアソフが守りの剣術から攻めの剣術に切り替える。
大きく一歩踏み込みアナスタシアの左肩を狙って振り下ろす。
受け流そうと剣を上げた瞬間にミアソフは横凪ぎに切り替える。
(早っ!)
目で追うのがやっとだったアナスタシアは横凪ぎに反応できない。
ミアソフの木剣が脇腹に触れる直前で止められていた。
「ハァ……参りました。」
ミアソフが木剣を納め頭を下げた。
※※※※※
「姫様、少し太刀筋が変わりましたかな。」
手合わせ後、いつも通りにジェスのサンドイッチを頬張りながらアナスタシアが答える。
「ん?どうだろ……自分ではわからないけど。」
「なんと言えばいいのか……試合の太刀筋と言うよりは、戦うための太刀筋に感じました。」
「あ~。うん……まあ、それはあるかも。」
魔物討伐の件以来、アナスタシアの中で強くなるという意味が少し変わったというのは確かにあった。
今までは目の前を倒す為に鍛練していたが、今は生き残る為や誰かを守る為に如何に相手を倒すかを考えながら鍛練している。
結果、ミアソフの意表をつくような動きも出来るようにはなったのだが。
「こないだの魔物討伐の時にさ、私一人じゃ手も足もでなかったんだ。」
アナスタシアの活躍はミアソフも聞いていた。
「腕力も体力も全然兵士の皆には敵わないでしょ?」
「それは仕方ないことですよ。」
「うん、わかってる。でも、魔物はそんな事考えてくれない。私が女だからって手加減なんかしない。それでも誰かを守るために戦わないといけない時は……。」
「なるほど、そういうことですか。」
「うん。だから剣術だけじゃなくて色んな方法で強くなろうと思ってさ。体術や魔術だってなんでもやってやるさ!」
アナスタシアの決意を聴きながらミアソフは不思議な感覚を覚えた。
本来なら自国の姫が戦いの為に鍛練するなど止めるべきなのだ。
しかしながらアナスタシアを見ていると、アナスタシアの言葉を聴いていると心の奥底で熱いものが込み上げてくる。
年甲斐もなくワクワクしてしまうのだ。
だからいつも同じ事しか言えたくなってしまう。
「姫様、程々にしてくださいませ……。」
※※※※※
(ふ~。今日は惜しかったな。もう少し早く二撃目を……ん?)
剣の稽古のあと風呂で汗を流し終わったアナスタシアが廊下を歩いていると、風に乗って会話が聴こえてきた。なんとなく気になって声の聞こえる方へ歩いていくと、廊下を曲がった所にある父王の寝室の前に立っている警備兵達の会話だった。
向こうからは死角でアナスタシアには気づいていない。行儀が悪いとは思いながら立ち聞きしてしまうアナスタシア。
「しかし、大陸の西側は何が起こってるんだろうな。」
「ああ、陛下やステファン様も気にかけておられる。」
「こうも魔物の出現を報せる書状ばかり送られて来てはな……。」
(魔物!?)
アナスタシアが耳をそばだてる。
「とはいえ、援軍など送れる状況じゃないしな。」
「まあな。アイソル領内だけで手一杯だ。幸いこないだの魔物以降出現報告はないが、いつ現れてもおかしくないんだろ?」
「ああ、ミアソフ近衛隊長がそうおっしゃってた。」
(ミアソフが?)
「近々、魔術師達との合同訓練もあるみたいだし。キナ臭くなってきたな。」
「ああ。俺達は戦の経験がないからな。どうなってしまうんだろうなアイソルは……。」
(魔物……戦……大陸の西側……!?)
今聴いた言葉を反芻しながら早足で自室に戻るアナスタシア。
扉を開けるとプリシアが待っていた。
「姫様、さあこちらにお座りください。髪をときませんと。」
「あ、ああ……そうだね。頼むよ……。」
アナスタシアは鏡に映る自分を見ながら先程の会話を思いだす。
どうやら大陸の西側では大変な事が起こっているらしい。
こないだの魔物との戦いが思い起こされる。
全身全霊で戦った。
ギリギリで生き延びた。
喜ぶ村人達。
それらの記憶がごちゃ混ぜになってアナスタシアの心に火を灯す。
目の前の自分に向かって言う。
(旅に出よう。世界を知るために。)
プリシアが楽しそうに髪に櫛を通している中、アナスタシアは決意を固めるのであった。
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